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2009年07月 アーカイブ

2009年07月05日

09/06/27

 14時台のスカイマーク羽田発旭川行の便に搭乗。東京=北海道の便は競争が激しくて、さまざまな割引サービスを使うことでかなり値段は変わるのだが、どうやら基本的には価格だけ見るとスカイマーク>エアドゥ>ANA>JALの順で安いらしい。特にスカイマークは標準価格でみるとANAやJALの半額である。何が価格に転嫁されているのか考えるだけでもフライトの時間が潰れてしまいそうである。

 空の時間は、Paul Krugmanの"The Conscience of A Liberal"の序文のところを読んでみる。Krugmanの主張は、アメリカに最も必要な制度は「国民皆保険」であるという。そして彼がClintonを支持しObamaを斥けた理由は、ObamaがClintonのその主張に対し、攻撃したためだという。すくなくとも、Obamaは予備選の時点では、「リベラル」ではなく「中道」であった、というのが彼の意見だ。アメリカにおける「中道」とは、日本人の感覚からすると「保守」にほかならない。現在の不況に対する大量の支出は、ObamaでなくてBushでも当然やっているであろうことであり、Obamaを評価する理由にはならない。

 札幌での乗継便であったため、旭川空港に着いたのは17時を回っていた。ここからはタクシーで天人峡へ向かう。8000円くらいかかるということだったが、運転手さんが近道を選んでくれたためか、6000円強で済む。さて、このタクシーだが、登山のために北海道に入るときに、最も困るのがガスボンベの調達である。飛行機に積むことが許されていないためである。あとで知ったのだが、こんなサービスをしてくれるところがあるのだ。旭川から入山するかたは、こういうものを利用するとよいと思われる。同様に、本当は「酒」を積むのも禁止されているのだが、これはぺちゃんこ水筒(プラティパスなど)に詰めることで回避可能である。ということは、灯油を詰めることだってできると思うのだが。

 一日目、天人峡温泉へ宿泊。ここは忠別川によって両岸は切り立った崖になっている。肝心の温泉は、加水・加温・循環させている、ということでちょっとがっかり。朝早いのではやめに就寝する。

09/06/28

 天人峡温泉を四時過ぎに出発。本日の行程は一日がかりである。本来、ここは下山コースとして使うのがふつうであり、登山コースとして使うことはあまりないはずである。最初は切り立った崖の部分200mの直登である。猛烈な勢いで蚊やらブヨやらが襲ってきて、たちまち頭皮の中や顔面をも含めて火だるまとなってしまう。虫除けやらユーカリオイルやらを塗りたくり、何とか撃退する。919mの滝見台から対岸の羽衣の滝を撮影。ここは日本の滝100選にも選ばれていて、遠く大雪山の主峰、旭岳が望見できる場所である。しかしこの虫の多さには本当に閉口である。

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 ここからは大雪山特有の緩い地形である。主稜の尾根に辿り着くまでは、緩い雑木林の尾根を進んでゆく。やがて、忠別川や旭岳の景観から別れて、右へカーブしてゆくあたりから広々とした草原が広がってゆく。第一公園と呼ばれる湿原である。

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 ここから沢沿いに南下してゆくと、第二公園と呼ばれる平原を経て、次第に傾斜を上げてゆく。前方には緩やかそうな丘陵が見えるが、もう標高は1500mを越えているため、立派な山である。1600mを越えると傾斜ははっきりきつくなり、雪渓が見えてくる。アイゼンは念のため持っては来ているが、雪質も柔らかく、登山靴で歩行可能である。小化雲岳(ぽんかうんだけ)である。

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 この頂上には登らず、左を巻いてゆくと、やがてポン沼と呼ばれている小さな池に出る。ここの左側は切り立った崖になっていて、右は緩斜面となっており、いわゆる非対称地形である。化雲岳のシンボルである化雲岩は遠くから望見でき、なかなか着かないことにやきもきさせられるが、やがてその姿を正面に見据えることができ、最後の登りを終えるとそこが化雲岳である。

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 「神の住む山」が遥か遠くに見える。

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 ここまで来ると、さすがに九時間歩き詰めの疲れが出てくる。しばらくは湿原保護のための木道が続き、ヒサゴ沼避難小屋(ここに泊まるのがふつうの行程であろう)への分岐を過ぎると岩石の多い下りとなる。このあたりから疲れのためか距離感が狂ってくる。1995mへの最後の登りを天沼付近の尾根の取り付き部の登りと勘違いしてしまう(全然距離がちがうのに・・)。「神々の住む山」は、なかなか近づかない。

 1995mへの急登を越えると、そこに待っていたのは、「神々の住む山」であった。

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 この場所からも、まだ旭岳がみえるのは、驚きである。

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 さすがに山頂へ寄っていく元気はなく、北沼からトラバースし、南沼キャンプ指定地でテントを張る。先客はテント四張り。

09/06/29

 翌朝、食事を済ませて、トムラウシ山へ登頂。これから向かう十勝連山が綺麗にみえる。左端の独立峰のようにみえる山は富良野岳、右端に聳え立つ堂々とした山はオプタテシケ山であろう。

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 ここからテン場に戻り、撤収。八時過ぎに出発。昨日の十二時間歩行の疲れがまだ残っている。ここからまずは三川台を目指す。ここもそうだが、大雪山〜十勝連峰の縦走路は、かなり遠くまで見通すことができるだけに、「ああ、あんなに遠くにあるのか・・」とかえって意気を喪失させるものがある。

 三川台は左がカール地形となっている高台であり、ここで西から南へ方向を変える。本格的な十勝方面への縦走路である。1750mの高台からユウトムラウシ川に沿って1507mのコルまで下降、そこから再び200mの急登がはじまる。辿り着いた頂上がツリガネ山である。

 ここからのアップダウンもきつい。しばらく緩やかに下ってゆき、目前に1591mをみながら左へ巻いてゆく。ここには残雪があり、傾斜も急で危険であったのでいちおうアイゼンを装着した。ここはわかりにくく、ずっと左斜面をトラバースしてゆくわけでなく、地形図のとおりにトラバースの途中から山腹を駆け上がり、稜線に乗るのである。ここの道はかなり不明瞭で注意を要する。次の頂がコスマヌプリである。

 ここまで来れば、1668mのピークを過ぎ、カブト岩からの下りは目前である。カブト岩への道はハイマツ帯であり、明日の目標であるオプタテシケ山が文字通り聳え立っているのが見える。名山である。

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 カブト岩を越えて、オプタテシケ山の麓へ下ってゆく。1404m付近に水場がある。ここを過ぎて、1450mくらいのところにテン場があるはずであるが、見当たらない。ここから先に進むと、残雪が豊富に残っていて、テン場らしき形跡はまったくみえない。雪に埋もれてしまったか、水没してしまったかどちらかなのであろう。仕方がなく、水場付近の平らなスペースにテントを張り、翌日を待つことにする。

09/06/30

 天気ははっきりしない。オプタテシケ山の中腹までは完全に残雪に埋まっていて、傾斜も上部ではきつく、ここを越えるのは容易ではないと判断された。しかし、ここからトムラウシ南沼のテン場に戻るのも、天候を考えるとかんたんではない。一日停滞することも考えたが、天気の比較的安定している午前中にオプタテシケ山の山頂をきわめることはそれほどむずかしくないから、何とかなるという計算で出発する。ここの残雪部は軟雪で、キックステップを利かせれば滑落の心配はすくないと思われた。問題は、上部でこの残雪部を抜け、どこで取りつくかが見えないことであった。正解は、何も考えずに右側のガレ場を避け、残雪の最も上部まで伸びているところから登山道へ入れたのであるが、それに気付かず、ここで時間をかなり消費してしまった。

 ここで時間と体力を消耗したのがかなり響く。ナキウサギの声があちこちに響く。山頂付近の小ピークふたつにもだまされ、本当の頂上へ辿り着いたのは何と13時。出発から五時間近くかかってしまったことになる。ガスと強風のため、視界は極度にわるく、展望はまったく利かない。稜線には高山植物が豊富だが、何のなぐさめにもならない。

 ここからはとにかく「歩程二時間ほど」とされている美瑛富士避難小屋まで駆け込むしかない。しかしこの強風の中2012mのオプタテシケ山の頂上から1728mの鞍部まで下り、さらに1860mのベベツ岳の頂上まで辿り着くことすら容易ではない。1時間20分ほどで着くはずのベベツ岳まですでに二時間以上かかってしまっている。

 あと1時間で避難小屋まで着くのだろうか? 事前に地形図をよく読み込んでいなかったことが響いてくる。次の石垣山までの登りは距離も標高も大したことはないのだが、細かく変わるその方角によって、風の強さは容赦なく変わり、いっときはまったく足を進められないほどであった。「北海道の2000mは本土の3000mに匹敵する」とは、このことか。しかし、雨足が強くなることもないし、もう夏なのであり、吹きつける風に冷たさはない。つまり、万が一ビバークとなったとしても、凍死の心配はまったく不要である。フリースをもう一枚着込めば十分な気温である。

 石垣山を越えるとあとはひたすらの下りである。この辺まで来るとなだらかな稜線となるせいか、強風もあの吹きさらしの厳しさはない。やがて美瑛富士避難小屋への分岐を右に進み、ほどなく避難小屋に到着した。ほかの利用者は、なし。この天候では縦走予定者も下山したにちがいなかろう。避難小屋は快適であり、水場も近くにあり、長期停滞もまったく不安はない。安全圏内に入ったことを確信した。

09/07/01

 天候は好転すると思われたが、ここから美瑛岳〜十勝岳〜上ホロ避難小屋のルートを辿ることは、昨日のこともあり危険と考えた。まずはいったんは下山することとする。一路下り、白金温泉を目指すこととする。美瑛岳の山腹をトラバースし、美瑛岳分岐を経て吹上温泉に下る手もあり、そのほうが時間的にも少し近いのだが、トラバース時の天候不良のリスクを考えると、まっすぐ下る白金温泉コースのほうがより安全と判断した。

 残雪に覆われた沢を横切るときにキタキツネをみる。そういえば、トムラウシ山頂付近ではこんな動物もいたのだった。

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 何事も起きず、白金温泉到着。こちらに投宿した。

09/07/02-07/03

 十勝岳は昨年新雪のため敗退している。ぜひリベンジをしたいところだったが、上川地方は午後から天気が崩れる予報であった。午前中に十勝岳往復だけに留めれば、十分可能であると判断した。

 六時に宿を出発。十勝連峰の展望台として知られる望岳台に着いてもまったく視野は利かない。粛々と登り、粛々と帰ってきた。中腹から望む白金模範農場。

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 宿へ戻ってからは、「ブルー・リバー」として知られる美瑛川をみにゆく。

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 翌日、7時35分発の道北バスで旭川を目指す。途中、千代ヶ岡駅で下車、予約してあったタクシーで旭川空港へ向かう。AirDoとANAの共同運行便へ乗り込み、羽田へ。富良野方向から旭川空港へは、もし時間が合えば、ふらのバスの「ラベンダー号」を使うとよい。こんかいは接続が悪く、このような方法を取った。美瑛駅から拾うよりは、千代ヶ岡駅まで出て、空港からタクシーを呼んだ方がよい。1000円ちょっとのタクシー代ですむから。

2009年07月07日

天誅組

最近の購入(本)
 富士川游「日本疾病史」東洋文庫

最近の購入(CD)
 B.B.King "Live at the Regel"
 CSN "Box Set"

 購入して気付いたのだが、このBox Setは主にunreleasedのもののために出されたもののようで、オリジナル・アルバムは買い揃える必要があるようだ。

最近の読了
 大岡昇平「天誅組」講談社文芸文庫 B

 大岡の本はすべてA評価をつけてしまいたくなる誘惑に駆られる。本作も力作である。面白いのは・・・解説でも触れられているとおり、本作での主人公は、天誅組の首領である吉村寅太郎ではない。出だしは吉村の人となりが「小説風に」描かれているから、そのように合点するのだが、読み進めてゆくにつれてむしろ鷗外が書いたような史伝体となってゆく。そして、どうやら大岡が描きたかったのは、人間ではなく、幕末という時代におけるひとびとや各勢力のせめぎ合い、そして歴史の一般的な理解とは異なる、大岡が到達した「真相」であるように思われるのだ。

 続編を書くといっていながら、本書自体はまさにここから小説がはじまる、という、天誅組の挙兵の瞬間に終了する。そして、「ここからは理想が崩れてゆく悪夢の四十日間」という書き方をして、その間の吉村の苦悩や葛藤を描くという、小説家としての本領をあっさり放棄している。そして、この滔々たる時の流れを描くために(しかしこの時間的な経過はたったの一年である)膨大な資料を渉猟して、まるで本書が歴史書としても読めるような、そんな手法を取っている。鷗外の史伝は、鷗外自身の独自の視点をむりに押しだすことなく、資料を再構成していくうちに、その文体のなかに鷗外かれ自身の個性を滲ませるという、小説家らしい手法で書かれているのだが、この「天誅組」の半ば以降は、むしろ大岡が小説家としての手腕を、叙述の順番やその呈示のしかた、そして資料の読みといった、歴史家がその個性を発揮する部分に力が入れられていることが興味深い。

 その結果、本書は読者が「小説」に期待する何ものか、を超えるものに成長してしまった。その成長が本書の価値を高めているのかそうではないのかは議論があろうが(小説ではない、という批判にも十分根拠があるように思われるから)大岡の小説家としての一側面を知るために見逃せない格好の作品であると同時に、幕末の政治、とくに幕府内部の権力抗争および徳川幕府崩壊の理由を知りたいひとびとにも必読の作品であることは確実であると思われる。

2009年07月11日

高尾山トレイルランニング

 タクシーを使わずに新宿に行こうとすれば、筆者の環境では5:25の総武線高尾行きに乗るのが最も早い時刻である。そこから高尾で大月行きに乗り換えると、藤野へ着くのは6:42である。

 ここから神奈交のバス停である陣馬山登山口までは、登山地図によると30分かかることになっているが、実際には15分くらいで歩くことができ、7時には登山口へ着くことができる。

 ここからしばらくは車道歩きである。最後の民家がなくなったところから山道に入る。植林で眺めもなく単調な道を行くことになる。コースタイムは1時間40分だが、8時には陣馬山山頂を踏むことができる。本日は筆者が一番乗りかもしれない。

 ここからは定番の陣馬山〜高尾山トレインランコースである。明王峠8:20、景信山9:00、高尾山9:50、下山10:10という感じである。走ったのは全行程の1/2くらいという印象だが、結構疲れた。

最近の読了
 バーバラ・タックマン「決定的瞬間」ちくま学芸文庫 C
 十川幸司「精神分析への抵抗」青土社 B

 「決定的瞬間」、定評ある「八月の砲声」ほどのドキュメンタリー性がないうえに、「歴史はある個人が犯した偶然によって変わってしまう」という史観が鼻についてどうもいけない。ドイツの外相がぽかを犯したのは確かだろうが、アメリカの参戦については時期は変わったかもしれないが、決定的に変わることはなかったのではないだろうか。本書を読んでの筆者の収穫は、第二次世界大戦までのアメリカは、基本的にモンロー主義の国だということが再確認できただけである。

 「精神分析への抵抗」、著者が徹底してラカンを読み込み、その結果書かれた論文を集めたものである。筆者にはラカンの理論は荒唐無稽なものにしか見えないのだが、そうだとしても彼の体系を肯定的に研究すれば、それだけのものが生み出せる、という「傾倒するのはどんな思想家であってもよい」ということを証明するような本であるように思われる。一言一句ラカンを回収しようという著者の執念には恐れ入る。

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2009年07月12日

現代思想への抵抗

最近の読了
 「思考のフロンティア 壊れゆく世界と時代の課題」岩波書店 C

 あえてCを付けよう。小泉政権を経てサブプライム危機にはじまる金融恐慌の中、派遣切りや生活保護の縮小などのセイフティーネットの破綻した時代において、求められる思想的な課題について討論している。

 ここでいやおうなく気付くことは、思想史上何人かの思想家が「大文字の思想家」として特権化されていることだ。いわく、カント、ベンヤミン、アーレント、ラカン、フーコー、アガンベンなど・・・小説家でいったらなんといってもカフカであろうが。そういった思想家の「思想」は、討議における前提として共有される。筆者には、そこが何よりも引っかかる。討議がこのような「大文字の思想家」の提出した思想なるものをお互いに引用しあっているだけにしかみえないからだ。結局、それらの特権化された思想家が引いたレールの上を走っているだけではないのだろうか。そこが、筆者には最大の疑問に感ずる。たしかに学問は先人の業績を抜きに成り立たないことはたしかであろうが、みなが同じ土俵の上で、それらの議論を(どこまで正確に理解しているかということは知るべくもないが)反復していて、何か解決に繋がるであろうか?

 もちろん、ここでの議論は、困窮している人たちには届かない、それは彼らも自覚しているとおりである。それならば何がいけないのであろうか? 筆者がおもうに、もし民主主義というものが、その建前通りに作動しているのであれば、少なくともセーフティーネットの崩壊といった事態は生じなかったはずである。ひとつの方法は、投票率を上げることで、政治が弱者のために再構成されるかどうか、見守ることであろう。少なくとも投票率を上げる運動をすることに、害悪は生じまい。現在の日本の投票率が仮に90%を超えるようになったとして、そこでも現状と同じ閉塞感、政治など誰がやっても変わりがない、という現実、議論が横行するようであるならば、それは民主主義(現在の日本が民主主義制度を採用しているということにするならば)の機能不全が原因である、ということになる。

 あるうる提案のひとつは、一部の他国で採用されているような、投票の義務化である。白票でもいいから投票所へ足を運ぶように、あるいは電子的な投票も使用できるように運用を改めて、すべての選挙権を持つ国民に投票をさせることである。もちろん、一部の宗教系の政治団体が、それによって一種フェアでない方法で票を伸ばす、ということがあるかもしれないが。

 とにかく、湯浅誠のNPOによる活動を評価するのはよいとして、NPOによる互助努力という方法で今を乗り切るということには論理的な無理がある。最大の力を持ち、民意を反映して国民(人民や市民と言ってもいいけれども)のために動くのは、現状では国家を超えたグローバルな存在であったり、あるいは地方政府だったりするわけではなく、何よりも国家、なのである。その国家を国民のために機能させるにはどうすればいいか、という議論なしに、NPOレベルの活動に期待を表明するのは、どう考えても本末転倒だ。

 筆者の主張は、何よりも焦点は「政府、あるいは民主主義の機能不全」に当てられるべきであり、国家や権力を対決すべき、信用ならないものとして把握することではなく、どうやって民意を反映したものへ変えていくか、が問題だということだ。その問題意識がなくては、ポストモダン的な議論を持ち出したところで、何の意味があろう?

2009年07月15日

都議選の分析

 「民主圧勝、自民惨敗」と報じられている今回の都議選、みるべきところは別にある。それは、ひとつは共産党、社民党(ゼロ議席のままとなった)、そして地域政党である生活者ネットワークが議席を減らしたことと、もうひとつは公明党が一議席増となったこと、である。

 自民の票がほとんど民主に流れた結果といえるが、それならば民主と共闘したはずの生活者ネットワークのこの結果は、どう見るべきなのか。そもそも、生活者ネットワークの実績はさておき、理念的には、このような「地域政党」はそれなりの候補者を送り込み、一定の力は持つべきであると考える。それほど実績のない民主党に、これだけの票が流れ込んでいる理由を熟考するべきだろう。

 一部の報道では、「自公与党が惨敗」とあったが、それはまちがいであることに留意すべきだ。惨敗したのは自民党のみであり、公明党は候補全員を当選させているのである。このことが意味することをよく考えるべきだ。

 反面、筆者にとっては共産党の存在は日本を害するものとしか思えなくなっている。当選可能性のない選挙区への候補者の意味のない擁立が、結果的に誰を利することになるのか、関係者は猛省すべきである。理念よりも優先させるべきことが他にあろう。そのような独善的な姿勢が支持を無くしていくのである(臓器移植法で党議拘束をかけようとするなど、政党としての姿勢に疑問な点もすくなくはない。宗教団体を母体とする公明党すら党議拘束は最初からかけなかったことを思い起こされたい)。


 ところで、幸福実現党の創立者(現党首は大川きょう子氏)である大川隆法氏が書いた「新・日本国憲法試案」を<<まじめに>>読まれたかたはいるだろうか。筆者は、大爆笑してしまった。引用しよう。

『第十条 国民には機会の平等と、法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する。』

 この条文、どこかで目に触れた機会はなかっただろうか。筆者は、ある国にかつて存在した憲法の条文を連想したが、皆様はいかがだろうか。それも、引用してみよう。

『第19条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
 
 第20条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
 
 第21条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス
 
 第22条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
 
 第23条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
 
 第24条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ
 
 第25条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ
 
 第26条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
 
 第27条 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
  2 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
 
 第28条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
 
 第29条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
 
 第30条 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得』

 なんのことはない、法律で定めれば、国民の権利を制限することができる、ということである。要するに、本憲法草案では、「いかなる権力のもとでも最低限守られるべき人権」についての記載がない、ということである。

 本草案を作った大川氏は東大法学部の出身であり、憲法についていいかげんな理解をしているとは思えない。ということは、これは確信犯である、と考えざるを得ない。この党が万が一政権を取ったら、と考えると、背筋が寒くなる・・・

phish.com

 から、CDが大量に届いた。ジグソーパズルとか楽譜とかポスターとか、何をオーダーしたのか認識しないで同時に購入してしまった。関税を700円取られた。

最近の購入
 Phish "Lawn Boy" "Farmhouse" Billy Breathes" "A Picture Of Nectar" The Sicket Disk" "The Story Of The Ghost" "Hoist" "Rift" "LivePhishDownload 03.06-08.09"

 オフィシャルのスタジオ録音のアルバムの持っていないもの全部と、再結成ライブ。

 Crosby, Stills and Nash "CSN" "Daylight Again"
 Sly and The Family Stone "There's A Riot Goin' On"
 Bob Marley & The Wailers "Confrontation"

 デビューアルバムの"Crosby, Stills and Nash" は、SHM-CDが出るのがわかっているので、それを購入することにした。「暴動」は、何となく。特に理由はない。


 当直室にあった「ゴルゴ13」のシリーズを、あっただけ全部読んでしまう。さいきんはiPhoneなどでも読める電子ブック形式のものも出ているらしいが、やはりこういうものは個人的には紙の媒体で読みたいと思う。手塚治虫の「火の鳥」とか、まだ読んでないし(「ブッダ」は、出版社が某宗教団体系である限り、読む機会はこんりんざい来ない気もする。別の出版社から出てくれないだろうか。電子ブックなら、可能性もあるか?・・・と書いていたら、手塚プロダクションが直接電子ブックを発行している! これなら、買えるか!!)。

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2009年07月17日

腹立たしい報道

 もう、何というか、報道をみているとNHKほか各社の偏向ぶりや、報道内容のお粗末さにストレスを感ずることしきりである。

 まずは、トムラウシ・美瑛岳における遭難事故の件。筆者がちょうど二週間前に行った、同じコースである。問題点を簡単に列記しておこう。

・低気圧が来ているのに登山を強行した点。ヒサゴ沼の避難小屋に停滞していれば、事故はなかったろう。
・そもそもツアーで行った点。ツアーで登るコースではない。エスケープルートもない。
・装備が不十分ではなかっただろうか。筆者は、2000mの冬山にも登山可能なウェアを持参した。同じ状況でビバークしても、凍死しないだけの装備は持っていったつもりだ。北海道の2000m級を甘く見たのではないだろうか。
・美瑛岳に登ったツアーでは、オプタテシケ山への縦走コースで、「三川台」を宿泊予定地としていた。ここは国立公園内で、キャンプ指定地以外で緊急時以外のテント泊は違法である。なぜこの点に報道は触れないのだろうか。ツアーなら許されるのだろうか。キャンプ指定地が離れて存在しているために、このコースは困難なのである。

 十分な準備をしたうえでも、熊に遭遇したり、雷に遭ったりして命を落とすケースは、当然存在する。それは山に登る以上当然のリスクである。しかし、装備や計画が不十分で命を落とすなど、あってはならないことだ。筆者はもともとツアー登山には批判的であるが、こんかいのケースでも、自力で計画を立てていれば、このようなことにはならなかったのではないか。筆者が一ノ倉沢へ登れないように、山は登山者を選んでいるのだ。それに見合う技量がなければ登ってはならない、それは当たり前のことではないだろうか?


 「凶悪犯罪の時効撤廃」例によって、NHKは犯罪被害者の遺族のコメントしか報道しないし、「街の声」も時効廃止賛成のものしか放映しない。「反対」のものは、「警察の負担が増えすぎちゃうでしょ」とまったく的外れの理由のものだ。
 もし時効廃止を認めるなら、当然「死刑廃止」が最低限の条件である。日弁連の弁護士がコメントしていたように、事件から月日が経てば経つほど、被疑者にとって無罪の証明はむずかしくなり、冤罪は増加する。足利事件の教訓を、ほとんどの国民は理解していないのだろうか?

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2009年07月18日

地殻変動

 前に死者を鞭打つようなことを書いてしまったが、それはひとえに惨劇が繰り返されないように願うからである。

 具体的な方策を紹介しておこう。まず、必ず防寒着としてフリースは持つこと。保温効果とかさばらないことから、patagoniaのR2がお勧めである。リンクはメンズだがもちろんウィメンズもある。

 フリースは本州の3000m、北海道の2000mには持っていこう。その他に、荷を軽くしたいなら、こちらのサバイバルシートがいいだろう。再利用もできるようである。筆者はサバイバルシートではなく、持っていかない理由がない限り(トレランスタイルで、パッキングするスペースがない、とか)、必ずツェルトを持参するようにしている。おそらく、ツアーに参加するような登山客の中には、ツェルトの存在を知らない人も多いのではないだろうか。あるいは、知っていても使ったことがないか、なくても困らないと思っているか、どちらかである。筆者が持っているのは、透湿性があるこちらの製品である。

 さて、サバイバルシートもツェルトも、基本的に使うことがあってはならない。それは、持っていく必要がない、という意味ではない。ツェルトを日よけやグラウンドシート、あるいは簡易テントとして使うことは別に構わないと思うが、そうではなく文字通りビバークツールとして使うようではいけない、という意味である。つまり、このような救命ツールを使うような事態は極力避ける、ということが基本であり、使うようではなかば敗北なのである。でも、万が一そのような事態に陥ったことを考えて、必ず携帯すべきである。


 さて、あちこちで自民党からの離党の動きが活発化しているようである。筆者の関心の範囲内としては、茨城の医師会(正確には医師連盟)から大量の自民党からの脱会員が出た。しかし、全国の他の場所からは、それに追随するような動きは出ていない。それは、どういうことか。

 前にも述べた通り、筆者は別に民主党がいいとは全然思わない。おそらく民主党に政権が渡ったところで、国民の間に大きな失望が広がるだろう。しかし、自民党支持は、創価学会員の公明党支持とさほどメンタリティとしては変わらないのではないだろうか。つまり、自らの所属しているコミュニティに自民党が利益を与えてくれるから、ではなく、単に昔から支持しているからそれを変えない、というだけで、その支持にはもう合理性は失われているのではないだろうか。

 ようは、浮動票以外の「組織されている票」を投ずるひとびとの大半は、選挙の度に自分の支持政党が自分にとってよい政策を履行してくれるかどうかの吟味は行わず、単に惰性だけ、あるいは自分が所属している母体の団体が支持を表明しているから投票するだけなのではないか、ということだ。

 おそらく、日本の政治を変えるには、そして政治を国民の手に取り戻す、いいかえれば民主的な政治を施行するためには、このような思考停止に陥ってしまっているひとびとによる「組織票」を粉砕することが必要なのであろう。想像するに、「善良な」(ほんとうに善良であるかどうかは知らないが・・・)組織された自民党支持者、公明党支持者のかなりの部分は、その支持政党によって、少なくとも大きな政治のレベルでは、裏切られ続けている可能性がつよいのではないだろうか。

2009年07月19日

プロフェッショナルとは

 同じようなことを前にも書いた。現代は、プロフェッショナルであることが軽視される時代である、ということ。医療の世界においては、患者による自己決定権が重視され、あまつさえ、一部では患者による自己治療がベストとされる風潮すらあること。

 凶悪犯罪の時効撤廃の動きをみていると、少なくとも世の中は、「世論」や「大衆」の意見に迎合する方向へ動いてきているようだ。犯罪被害者には誰もがなりうるし、犯罪被害者の遺族が記者会見をして、時効撤廃を求めたら、誰でも最初はそれに同情し、賛成するだろう。

 ここでプロフェッショナルの存在が必要になる。プロたる定義とは簡単ではないが、筆者がおもうに、自分が専門とする事柄について、さまざまな側面から考えられること、長所だけではなく短所についても熟知し、総合判断をもって可否を決定できること、がその条件のひとつであろう。

 つまり、多くの一般大衆は、刑事罰の世界とは無縁の生活をふだんは送っている。そのようなひとびとは、「凶悪犯罪の厳罰化や時効の撤廃」における負の側面について思いが及ばないにちがいない。それは犯罪被害者の側から見ても、「犯人は時効を過ぎれば刑罰を受けなくてよくなる」ということしか思い浮かばないに違いない。そこで、「専門家」が必要であり、専門家の意見に耳を傾けることが必要になるのだ。そのためには、刑事裁判であろうと、日本の裁判制度は戦後から、真実追究主義である糾問主義は取っておらず、被告人と検察官が法廷で対峙し、争う「弾劾主義」に変わったことを念頭に置く必要がある。犯罪勃発時から時間が経てば経つほど、被告人側に不利になることは明白である。そのへんの事情を、専門家は他の面も踏まえて、総合的に考察し、説明してくれることであろう。

 で、裁判制度のなかでのアキレス腱が何か、ふだん裁判に縁がないひとびとは理解していないだろう。それが、「冤罪」であり「誤判」である。そして、裁判制度そのものの中に、そういったものが起こりうる可能性が内包されているのだ。医療の中に、構造的に「誤診」や「医療ミス」が発生する余地があるのと同じようなものだ。

 それでも、なおアナタは、死刑制度を支持しますか?


本日の購入
 小熊英二「1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景」新曜社
 エドワード・サイード「故国喪失についての省察2」みすず書房
 ノイマン/モルゲンシュテルン「ゲームの理論と経済行動2,3」ちくま学芸文庫
 ボルヘス「創造者」「続審問」
 田部重治「新編 山と渓谷」以上岩波文庫
 松本清張「真贋の森」中公文庫

 小熊英二の本、、、どうしてこうも、筆者的に「核心」を突いてくるのだろう? 1968年については、ずっとむかしから興味を持ってきたのを知っているのかのよう。

2009年07月20日

丹沢主稜ランニング

 タイムのみ記しておこう。

大倉7:00 - 塔ノ岳9:00 - 丹沢山9:45 - (不動ノ峰水場往復) - 蛭ヶ岳10:50 - 桧洞丸13:00 - 犬越路14:15 - 西丹沢15:00

 さすがに、二日経っても後遺症が残っている。来週以降も、いくつかのコースを考えているのだが・・・

1)長沢背稜〜雲取山〜石尾根
2)小淵沢〜観音平〜編笠山〜権現岳〜キレット〜赤岳〜横岳
3)霧降高原〜赤薙山〜女峰山〜帝釈山〜小真名子山〜大真名子山〜男体山
4)甲斐駒ヶ岳・黒戸尾根往復
5)皇海山 or 袈裟丸連峰

 いずれも夜行日帰り予定だが、いずれもあまり現実的なプランではない? 5)くらいはできるかもしれないが。

来るべき精神分析のプログラム&1968

本日の読了
 十川幸司「来るべき精神分析のプログラム」講談社メチエ B
 小熊英二「1968(上)」新曜社 B

 十川氏の本書、本来なら新書などで出版する内容ではない。一般読者向けにやさしく書かれているものの、十川氏の新しい精神分析理論を述べた内容だからである。情動、感覚、欲動、そして言語の四つがオートポイエシス的に回路を形成している、というモデルは、魅力的にみえる。少なくともフロイトやラカンを踏まえているにしても、彼らの理論のように荒唐無稽には感じられない。これで臨床的に有用であるなら素晴らしいものではないだろうか。是非、続編を期待したい。

 「1968」については、amazonのほうに書いた。どのレビューかは想像がつくと思うので、みてほしい。

2009年07月24日

トムラウシ遭難その後

 ずっと記事を追っているが、よくわからない報道も多い。

「ガイドが客の出発順延や救助要請を無視」は、論外だと思う。当然会社およびガイドは業務上過失致死傷害に相当しそうだ。しかし、本日の記事はどうだろう?

「客は全員フリース生地の上にカッパやウィンドブレーカーなどの上着を着ていたが・・・死亡した七人は防水・防寒効果の薄い生地を・・・」

 これには、通常のゴアテックスなどの透湿・防水素材を用いたレインコートも含まれる
のだろうか。

 整理しよう。通常、アウターとして着られる「シェル」には、四種類がある。

1)透湿効果は優れているが、防水機能はなく、耐水能が若干ある「ソフトシェル」
2)防風効果が主で、防水機能のない「ウィンドブレーカー」
3)透湿・防水効果のあるゴアテックスなどの素材を用いた「レインウェア」
4)レインウェアに保温と雪上での滑り止め効果などを付加した「ハードシェル」

 夏山では通常シャツ一枚で十分だから、1)は夏以外のスリーシーズンの晴天時に選択するアウターであり、降雨時にはレインウェアを併用するのが前提である。小雨であればソフトシェルだけでも行けてしまうが。2)は、風が吹いて寒いときに羽織るウェアであるからして、冬以外のスリーシーズンのアウターということになる。同様に、降雨時に着ることは想定していない。だから、結局余計な装備になるから、筆者はこの手の「ウィンドブレーカーやライトシェル」は持っていかない(ファイントラックの「ブリーズラップ」だけは別。これは耐水圧20,000mm/cm2というほとんどレインウェア並みの耐水性能を誇る。ただし、フードがついていないから、今回のケースでは不十分である)。ので、筆者の常備装備は3)である。ただし、4)の冬山用ハードシェルを持っていくときには、3)はダブルので持っていかない。

 さすがに、筆者でも、4)のハードシェルまでは夏山には持っていかない。さすがに暑すぎること、防寒としてはレインウェアの下に重ね着をすれば十分であることが理由である。
 おそらく、この記事は3)と4)を混同している可能性が高いと思われるのだが、「夏山にも冬山仕様のハードシェルが必要」という認識は、さすがに筆者にもない。想像だが、「防寒効果のないアウター」とは、2)のウィンドブレーカーを意味しているのではないだろうか。

 しかし、いくらなんでも、フリースを持参したにもかかわらず、ゴアまたはその類似素材を用いたレインコートを持参しないとは思えない。フリースよりも防水ウェアのほうが必須だからである。何か事実誤認があるにちがいない。

 筆者であれば、このような事態には、次の重ね着で対応する。

a)一番外側は防寒効果のないレインウェア
b)二番目は防水効果の弱いソフトシェル
c)フリース
d)インナー二枚

 かりに、耐水圧を上回る暴風雨でa)が突破されてしまったとしても、最近のソフトシェル、特に筆者のは耐水性に定評があるパタゴニアのそれだから、そこで水は食い止められ、体温を下げるまでには至らないはずである。化繊のフリースは水に強く、ある程度濡れてしまっても保温性は皆無にはならない。

 これで夏山で凍死するなら、筆者も考えを改めなくてはならない。冬山用のアウターを常に持っていなければいけない、ということなら。


昨日の読了
 伊藤整「街と村・生物祭・イカルス失墜」講談社文芸文庫 ?

 筆者は伊藤整に私淑している者であり、彼の作品については、手放しで勧められるものを除いて、正当な評価ができそうにない。これを読むのは、もう何度目だろう? 「街と村」に挿入されている詩(「雪明りの路」に収録されているものだろうか?)を読んだだけで、じーんと来てしまうのである。

2009年07月26日

トムラウシ遭難その後(2)

 事件の推移については、十勝毎日新聞が詳しい。また、個人のサイトとしてはこちらがまとまっているようである。しかし、いずれも筆者の疑問に答えてくれるものではない。筆者が知りたいのは

1)どのような装備を持っていったら助かったのか
2)ガイド付き登山という形態そのものに問題はないのか

の二点である。

そして、現在、「トムラウシに避難小屋を新設しろ」という声がしだいに高まっているようだ。この点については、それ以前にやることがあるんじゃないの、という気がする。ひとつは、旅行会社のツアーに代表されるような安易な登山形態と、その根本にある「百名山ブーム」という社会現象であり、第二点は自然保護との兼ね合いである。「小屋がないから小屋を建てろ」というよりは、「小屋がなくても自力で対応できる人だけ来てね」というほうが、地域によってはより適切ではないだろうか。そして、新得町の職員の中にも、「安易に軽装で登る人間が増えるだけ」という慎重論もある由、納得できる。ツアー登山にせよ、避難小屋新設にせよ、需要があるから供給も用意しなくてはならない、あるいはそこにビジネスが生まれる(登山ブームに関しては、供給側がブームを巻き起こした可能性もありえよう)という、資本主義社会に特有の論理によって、人間が入り自然が破壊されてゆく、という繰り返されるプロセス。

 筆者の理解では、避難小屋の意味は、文字通りの緊急避難の場所、というものと、テント泊を禁止した代替処置、というものである。たとえば、飯豊、丹沢、奥多摩、谷川連峰などでは、原則テント泊は禁止されている。自然破壊を防ぐ意味である。トムラウシに避難小屋を置く意味は、前者に限られる。トムラウシに登る登山者の多くがトムラウシ温泉からのピストンを選択するからである。たとえば、前トム平あたりに避難小屋が出来たら、どういうことが起こるだろうか? あまり想像したくない。

 筆者の発言はエリート主義、差別主義のようにみえるだろうが、たとえば筆者とて、「ヘルメットが必要な山」(たとえばあさま山荘とか)にはまだ登れない。一生登れないかもしれない。それに必要な技量を習得しない限り、しょうがないのである。

 ところで、ツアー会社のガイド、衛星携帯はおろか、無線機すら持っていないとは、どういうことだろうか? 「本気で事故に対処する気はないのね」と思われても、しょうがない装備の貧弱さであろう。そういう会社のツアーに応募したひとびとも気の毒だが、そもそもツアー登山がいけない、というのが、筆者の一貫した考えである。


 CDをまた買ってしまった。

Buffalo Springfield "Buffalo Springfield" "Last Time Around"
Phish "Slip Stitch and Pass" "Round Room"
Johnny Winter "Johnny Winter" "Live Jonny Winter And"
Joni Mitchell "Blue"

トレーニングコース

 暑いのと、上越・信越・北関東方面は天候が悪そうなので、仕方なく午前中で終えることを前提に、有名トレーニングコースを歩くこととする。八王子八峰登山大会やハセツネカップ・日本耐久レースの開催地でもある、秋川の戸倉三山である。八峰ではなく、戸倉三山+城山(戸倉城址)+今熊山なので、五峰である。

 武蔵五日市6:14 - 城山7:11 - 茱萸御前7:58 - 臼杵山8:30 - 市道山9:12 - 逸歩地9:58 - 刈寄山10:26 - 今熊山11:03 - 今熊山登山口バス停11:38

 こんなタイムである。去年の1月3日に登っているから、それと比較しよう。今回と逆コースで、臼杵山から荷田子のバス停に降りて、五時間強と書いてある。前回と今回との違いは、武蔵五日市から沢戸橋バス停まで歩いたこと(所要時間20分くらい)、そこから城山を経由し臼杵山に登ったこと、である。城山から荷田子分岐まで約2kmくらい、アップダウンもあり、ゆうに一時間はかかりそうなかんじである。前回との比較はむずかしいが、あまり走らなかったこともあり、前回も健闘している!?

2009年07月29日

わが塔はそこに立つ・鳴海仙吉

 幸福実現党のマニフェストなるものが発表された。これは失笑するしかないシロモノである。「消費税を廃止すればこれだけモノが買える」そりゃ、そうだろうが。

 国家とは公共財の提供母体であると同時に、富の再分配のための装置でもある。理論的には、税金が減れば国家が提供するセイフティーネットは弱体化し、そのためのストックを個人が蓄えることが要求される。これは生命保険に加入せずに、「まさかのとき」の資金を銀行に積み立ててゆくことと同質の行為である。

 税金を安くする、というのは、再分配機能の弱体化であり、貧富の差は是正されないことを意味する。まあ一般の有権者といえど、「消費税が安くなる」ことを理由に、幸福実現党を支持するようになるとも思えないが・・・「北朝鮮に対する安全保障」も笑いのネタとしては面白いが、それはまた別の機会に触れよう。それよりも注目すべきは幸福実現党の幹部の経歴である。宗教団体がいかにおいしい団体であるかを象徴するような経歴である。

 少々日本語がおかしいが先へ進む。

昨日の読了
 野間宏「わが塔はそこに立つ」講談社文芸文庫 C
 伊藤整「鳴海仙吉」岩波文庫 C

 いずれも厳し過ぎる評価かもしれない。

 「わが塔」は、物語として読むべき小説ではない。ひとつのビルドゥングス・ロマンなのであろうが、この自意識過剰な主人公にとって、なぜ宗門との訣別が重要なのか、ロクな小説をものにしたこともないくせに、書く前からダンテの後にみずからの名が記されなければならないのか、そしてマルクスがなぜそれほど重要なのか、読了までわからずじまいである。


 この時代の伊藤整は、筆者には痛々し過ぎる。戯作者を気取りつつ、後年の「人間社会とその中に生きる人間」というテーマへのシリアスな接近を見せる著者のスタイルは、一面で大きな喝采を浴びようが、「発掘」「氾濫」そして「変容」という後期三部作を知っている筆者からすれば、その戯作は著者のためらいや照れ隠しにほかならず、戦時中のみずからの振る舞いを省みてストレートに自己を表現できなかったであろう逡巡をここにみることは容易である。その夾雑物を含めて評価するならば、文学作品としては低い評価を与えざるをえないのではないだろうか。読み物として読めば鳴海仙吉氏の「評論」はたいへん面白いし、鋭い着眼点もみることができるのだが。ここは著者が書いているように、有名な小説論である「小説の方法」を読め、ということだろう。理論と実作の一致や接近を最後までみなかった悲劇の文学者、伊藤整の像を垣間見ることが出来るであろう。

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