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2009年08月 アーカイブ

2009年08月05日

雁ヶ腹摺山・姥子山

 寒気と暖気がぶつかるため不安定とされた予報のもとで、どの山を選ぶべきか? さすがに、八ツや谷川岳を選ぶ勇気はなかった。前からやってみたいと思っていた長沢背稜〜雲取山のトレイルランニングは、路面の状態から考えてむずかしそうである。直前まで登る山を決められないのは筆者の悪癖なのだが、以前から登山地図をみていて、行きたいなあと思っていた破線ルートに気付く。それが、雁ヶ腹摺山への縦走路である楢ノ木尾根である。しかし、上和田から登るのではちょっと面白くない。大峰から、ずっと下のほうへ伸びている尾根がある。この尾根には、国土地理院の地図によると、道があるようであるが、登山地図では「登山道でないその他の道」となっていて、かなりの難コースの可能性も考えられた。が、静かな(静か過ぎる?)山歩きが期待できることは間違いがなく、この道を選ぶことにした。

 東京発4:39の総武線始発に乗ってゆくと、猿橋の駅に6:34に着くことができる。休日は猿橋駅からの直接のバス便はなく、10分ほどかかる富士急山梨バス猿橋営業所まで歩いてゆくことになる。ここから竹ノ向行き6:45のバスに乗ることができる。営業所前バス停からこのバスに乗ったところ、乗客は筆者以外にはいなかった。このバス、ふつうは権現山に登山するひとくらいしか使わない路線であるから(権現山にここから登る人も超少数派だと思うけれども)不審に思われたのも無理はない、運転手さんから「このバスでいいんですか?」と聞かれ、さらに「どこで降りるのですか?」の質問に、「下瀬戸です」と答えて、納得されたようだ。さらに、「どこへ登るんですか?」に対しては「雁ヶ腹摺山です」と答えたが、どう思われたかはわからない。確かに、このバスの進路にある上和田からは、いちおう登山道は延びていることになっているのだが。

 金龍寺という寺のところで降りるつもりだったが、下瀬戸の次に金龍寺前というバス停があるので、そこで下車した。もちろん道標などがあるはずもなく、取り付きを探すのに少々苦労したが、金龍寺の前を横切る車道を上がってゆくと、それらしきものを発見することができた。機械で切り開いたような道らしきものがついているが、もちろん最近人間が歩行したような跡はまったくみられない。この切り開きが歩きにくかったので、尾根をまっすぐゆくことにする。こんな調子では目的地に着くのは何時になることやら、と思っていると、しばらくして672mピークに到達した。ここにはNHKの中継所があって、ここから北上する尾根にははっきり踏み跡らしきものが認められ、ほっとする。

 710mピークを過ぎると道はますます明瞭になるが、展望はまったくない。降雨と下草のために早くも靴は浸水状態である。この道、ところどころに尾根を巻く道がつけられているが、その道は無視して尾根通しに進むのが吉なようである。1129mピークには「水無山」という、大月市が整備した標識が立っていて、ここから先は上和田からの道が合流して歩きやすくなる・・・はずだった。

 しかしここから先が問題だったのである。確かにいっときはトレイルランできそうな緩やかな尾根が続いた。ところがそこからはヤブの連続だった。正確に言うと、道は明瞭だが刈り払いが不十分で、道の両側からスズタケだの潅木だのが道を塞いでいるのである。バラがほとんどなかったのが救いだったが、ひどいところは正面突破はできず、後ろ向きになって進んだ。

 大峰山頂で昼食。アブ、ヤブカがうるさいので早々に出立する。ここで改めて地図を確認したいところだったが断念する。ここからはほぼアップダウンは少なくなり、登り一方となってゆく。途中で二度送電線の鉄塔を越えるが、そのときだけ一時的に道はよくなり、送電線の巡視路を越えてしまうとふたたびヤブとなる繰り返しである。特に大樺ノ頭の直前のヤブはひどく、途中で進めずに立ち往生してしまうことが二、三回あった。

 大樺ノ頭に着いてしまえば、あとは明瞭な尾根道である。ここから、雁ヶ腹摺山までの間は「急坂」とあるが、ここまでのアップダウンに比べれば楽なものである。そして、こんな天候の日を選んだ甲斐あって、山頂には誰一人としていなかった。現金なものである。山は展望がすべてではあるまいに。ちなみに、ここに到る縦走路は展望皆無だった。おそらく、大峰から大樺ノ頭の間は、晴天であれば雁ヶ腹摺山や姥子山が見渡せるはずである。

 さて、当初は大岱山を越えるコースを考えていた。しかしさすがにこの時間からでは日没近い時間になってしまいそうである。ここは無難に金山鉱泉へ降りるコースを選ぶこととする。しかし、ここまでせっかく来たのだから、展望はまるで期待できなくても、姥子山には寄り道することにする。

 ここからの「登り尾根」の道は、まったく登りには不向きな道である。ひたすら急坂を一気に駆け下りるコースであり、このような雨の日には十分注意して下るべきである。金山峠から金山鉱泉へ降りるコースも同様であり、登りに取るのはあまり勧められない。ここまで来てしまえば、山口館を経て金山の集落へ着くのはもう指呼の間である。

 遅能戸のバス停に着いて、愕然とした。帰りのバスがない・・・しかたなく、ここから大月の駅まで歩いて帰る。よく考えれば一時間の道のりである。とりあえず今回はこんなところで。

harazuri-1.jpg


2009年08月07日

死刑執行

 アムネスティ日本支部からのメール。無断引用禁と書いてないので引用する。

「7月28日、東京拘置所の陳徳通さん、大阪拘置所の山地悠紀夫さん、
前上博さんの3人の死刑確定者に対して死刑が執行されました。
山地悠紀夫さんと前上博さんの二人は、2009年2月以降、執行の危
険性が高まっていたため、アムネスティは緊急行動(UA)の対象と
していました。二人とも、裁判の途中で本人が控訴を取り下げ、第
一審の死刑判決が再審査されないまま死刑が確定したケースです。
特に山地さんは、責任能力を認めた鑑定結果について、その信用性
に疑問が指摘されていました。

陳徳通さんについては、日本語が不自由なために、裁判において十
分な審理が受けられなかったと指摘されています。死刑確定後は、
恩赦の出願を行い、今後再審請求を行いたいとの希望も持っていた
そうです。

昨年10月、国連の自由権規約委員会は、日本政府に対して、死刑判
決について必ず再審査を行う制度を導入するよう求めるとともに、
「世論調査の結果にかかわらず、死刑の廃止を前向きに検討し、必
要に応じて、国民に対し死刑廃止が望ましいことを知らせるべきで
ある」と勧告しています。

また、近年、志布志や富山・氷見の冤罪事件が明らかになり、今年
に入ってDNA鑑定に誤りがあった「足利事件」の再審開始が決定され
ています。これらの事件では、代用監獄や捜査取調べ中の自白強要
など、数々の人権侵害が報告されています。また、「足利事件」と
同じDNA鑑定をもとに死刑判決が出され、昨年10月に死刑が執行され
てしまった「飯塚事件」の久間三千年さんについては、遺族が死後
再審の準備を進めています。

死刑制度を含む日本の刑事司法制度の見直しを求める声が国内外か
ら挙がっていますが、日本政府はそうした声に背を向け、ここ3年
ですでに30人を超える人びとを処刑しています。アムネスティは、
日本政府に対して、死刑の執行を停止し、死刑廃止に向けて歩み出
すよう求めています。」

 この再審請求の話、たぶんふつうのメディアでは報道されないのだろうな・・・

 大岡昇平の文章の中に、フランスの哲学者(だっけ?)の語りが引用されていた。

「忘却というのは、、、究極の復讐であると共に、許しでもある、、、」

 たしかに、遺族にとって、肉親を失ったことそれ自体、そしてそれによる悲しみ、そして犯人に対する怒りは、忘れがたいものだろう。倫理的にも忘れることは故人への裏切りのような気がして、罪悪感を抱くのかもしれない。
 しかし、喪失感は決して埋まることはなく、悲しみは消えることがなくとも、「怒り」は忘れなくてはならない。「怒り」を忘れることは、決して故人への冒瀆ではない、そのような価値観を社会化してゆくことがコンセンサスとなればいいのだが(当然、筆者はこの文章を書いているときに、自分の肉親が非業の死を遂げることを想像し、それを念頭においている)。そういう方向へ世論が進むことは、ないのだろうか? どうしてマスコミは、遺族の怒りをかき立てるような報道しかしないのだろうか? 厳罰化が遺族感情の慰撫に、ほんとうになるのだろうか?

医師の人権意識

 医療関係者のためのサイト、m3.comで、以下のようなアンケートが行われた。

「女性の医学部入学を制限すべきか?」

 この質問の背景には、女性の医学部・医療への進出によって、結婚後家庭に入って仕事を辞めたり、当直をやらずに九時五時で帰る女医が増えて、医療崩壊の一因になっているという認識がある。

 このアンケートの結果は、医師に限ると、1/3が賛成、というものであった。


 前述の命題が真だと仮定しよう。その場合、みっつの解決法がある。

1)女医を減らす。
2)女医に男性医師と同様の仕事を義務づける(具体的には、卒業にかかった年数の1.5倍は男性と同等の労働条件で働くことを法律で定める、など。)
3)男性も女性と同様の条件で働くようにさせる。それによって生ずる労働時間の不足は医師増加によって補う。実質的には医師間のワーク・シェアリングとなる。

 筆者が力説したいのは、かりに1)が効果的な方策であったとしても、それを採ることは憲法上まかりならぬ、という点である。「法の下での両性の平等」に反する法律・政策は、それがどんなに効果的なものであったとしても採ることはできない、これが近代民主主義の原則である。迂遠であっても、もし女性が育児その他のために短い、あるいは過酷でない労働条件の基でしか働けないとするならば、男性のほうをそれに合わせるのが筋というものである。

 それによって、必然的に医療費は不足し、医師の給与は下がる可能性がある。それにストライキを含めて反対するのが労働者としての医師の権利である。女性医師に法定時間内での勤務を許すために(こちらが本来の労働者としてのあるべきすがたである)、男性医師、あるいは男性と同等の条件で働く女性医師に負担がかかっているのであれば、その負担を取り除くための政治闘争をするのが、結局は男性医師のためにもよいのだと筆者は考える。おかしいのは、女性医師の勤務形態ではなく、男性医師の勤務実態なのである。

 1/3の医師がこの案に賛成したということに、筆者は信じられない思いと共に、日本における民主主義や、両性の平等といった概念が、真の意味では根付いていないことを改めて知る思いがした。戦後民主主義は虚妄なのではなく、死滅しつつあるのである。

 そして、時代はおそらくゆっくりと翼賛体制のほうへ・・・

2009年08月09日

1968(下)

 ある山(いかなる基準からみても名山である!)に行こうとして、天候不順のために果たせず、欲求不満ぎみである。次の週末こそは、なんとか・・・

 まあ、でも、自分が生きている限り、山は逃げていかないけれども。


本日の読了
 小熊英二「1968(下)」新曜社 A

 ついに読み切った。書評は社会的影響を考慮して(?)アマゾンのほうに書いておいた。例によってどれが筆者のレビューかは容易にわかるであろう。というか、このblogの読者は筆者のamazonのIDはすでにご存知かしらん。

おもろい

 いつのまにかアクセスカウンタが外れてしまっていた。しかし、ログは取ってあったので、解析をみてみた。

 今月の検索ワードはこんなもののようである。

1 10 3.79% 逆ザヤ 意味
2 10 3.79% 星穴岳 遭難
3 7 2.65% gr digital テレコン
4 6 2.27% 高尾山 トレイルラン
5 4 1.52% トムラウシ 遭難
6 4 1.52% 天祖山
7 4 1.52% 利尻岳 登山
8 3 1.14% リブロ 商品券
9 3 1.14% 御正体山 コース
10 3 1.14% 高尾山 トレイルラン コース

 なぬ??? 「逆ザヤ」の意味で訪れているかたが多いようである。あとは登山関係のキーワードが多いようだ。やっぱり、もう少し写真を充実させないとだめだろうか。高尾山はいいとして、あとは星穴岳、天祖山、そして御正体山かあ。。。たしかに天祖山はいい山だよ。三峰神社からの表参道、そして富田新道があるかぎり、雲取山のトップは不動だけれども、奥多摩第二の名山は天祖山だろうね。

死刑廃止論

 筆者は過去に五回、この話題について記している。死刑は廃止すべきである、というのが一貫した主張であって、それを変えることはちょっとむずかしいと考えている。そして、時間が経つに連れて、その根拠となる理由がだんだん増えているように思われる。

 かつての筆者の考える根拠としては、以下のようなものであった。

1)死刑には殺人抑制効果がない。
2)日本の司法制度において、冤罪の消える余地はありえない
3)死刑は遺族にとって慰めとはならない

 1)は定説なので反論の余地はなかろう。2)については足利事件を挙げるだけでも十分であろう。3)については異論があるだろう。これについては後ほどまた述べよう。さらに、第四の理由が、筆者にとって重要となってきている。それは、

4)殺人者の罪責は個人だけに帰せられるべきだろうか?

 という命題である。これについては、筆者の職業柄、

「医療者が業務上過失致死傷害などで刑事事件として裁かれる事例が増えてきているが、もともと医療行為そのものにリスクが内在するばかりではなく、ミスは一定の割合で誰でも起こすものである」

 という主張がベースになっている。

 しかし、過失罪だけではなく、通常の犯罪においても、「個人が倫理的に悪であること」を責める理由がどこまであるのか、ということについて、筆者はますます懐疑的になってきている。人間は社会的存在であり、そのように個人を追いやったことに対して、ひとりひとりが有責であること、立場が変われば誰でも犯罪を犯す可能性があることを考えれば、その罪は社会全体で償うべきだろう、という発想に傾きつつある。

 それは、「自己決定・自己責任」を基本にした新自由主義の考え方に違和感を感ずるところとも共通するところがあるが、もうひとつは個人に死刑という責任を負わせて、犯罪被害救済などの、地味だがより重要な制度に力を入れようとしない(一般受けしないから・・・)国のあり方に対する違和感でもある。

 どういうことか。3)とも関係することであるが、被害者が癒されるのは加害者の生命を同様に奪うことではなく、加害者を許せないとしても、被害による悲しみを受容していくプロセスが、癒しに必要なのではないかと考えるからである。

 なので、費用はかかるし、制度構築は簡単なことではないけれども、被害者に対しての経済的な支援(所得補償制度)の確立と共に(現在の制度は十分とは言えない)被害者および加害者家族に対する、一生涯のメンタルケア制度の確立が急務であろう。ここに加害者家族を入れる理由は書くまでもないだろう。


 これは個人の感覚というよりも、社会的なコンセンサスに属する範疇の事柄ながら、貧困が個人の能力の問題に帰せられるべきではない、ということに対して一定のコンセンサスが得られてきているのと同じように(これは、政治的にも「貧乏なのは能力がない個人が悪い」と放言することが、倫理的にも許されないという雰囲気が醸成されてきていることとも関係があるが)、「犯罪を犯すことは、あくまで加害者が悪い内心を持っているからである」ということにして、その個人にだけ死刑なり懲役なりといった責任を負わせて、それで終わりにしてしまうことは、正しいことではない、という合意形成がされるようになればいいのだが。そして、こと死刑に関する限り、マスコミがほとんどこの逆の方向に動いている(特にNHK!)ようなのが、筆者にとっては気掛かりなのである。これは、国民のフラストレーションをそういうかたちで放出させようという、権力(我ながら古い言葉だ・・・)の陰謀ではないのだろうか。

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2009年08月16日

Vol de nuit

 中央本線、下りの小淵沢行き最終電車に乗り込み、日野春駅で下車をする。誰も降りないと思っていたが、地元のひとらしき数人以外に、意外にも三人の登山客らしき姿がある。

 そのうちの二人連れの若い男性と話をする。筆者と同じように夜間登山を考えているということ。筆者はタクシーを日野春駅に予約していたが、彼らは駅から登山口まで歩く予定だったとのこと。結局、登山口にある神社に宿泊予定の、もうひとりの男性を含めて、四人でタクシーに相乗りすることとなった。

 着いたのは竹宇駒ヶ岳神社。そう、目指す先は南アの名山、甲斐駒ヶ岳である。駒ヶ岳神社を朝の1:06に出発する。二人組の彼らは、登頂した後、西側の北沢峠に下山する予定だという。例によってトレランスタイルでどんどん登ってゆく。

 筆者は登山に関しては原理主義的な部分を持っている。その原則の中に、複数の登頂ルートがある場合、可能な限りクラシックルートを使うこと、というのがある。甲斐駒のメインルートは、今では海抜2030mにある北沢峠からのものである。しかし、甲斐駒といえば、日本三大急登の一といわれる黒戸尾根を外して登ることはできない。標高760mからの2200mの標高差をこなしてこそ、甲斐駒の大きさに触れることができるのだ。

 甲斐駒はトレランにも夜間登山にも適した山である。ひとつは、特に登りの場合、ルートを外す可能性がほとんどないことである。筆者はヘッドランプと電灯の併用だったが、ヘッドランプだけで行けるであろう。もうひとつは、標高2270mの七丈小屋までは、ハシゴと鎖の箇所を除いて、走れる道であることである。上部の岩稜部を除いては、基本的に土の尾根なのだ。岩が露出している部分も少なく、よく整備されている。

 最初のポイントは、もうひとつの登山口である横手駒ヶ岳神社からの登山道との合流点である。ここまで二時間半の行程と登山地図に書いてあるが、着いたのは1:59。なかなか快調な出だしである。

 夜間なので、見通しは当然、利かない。ときどき街の灯や、こちらの場所よりも高いところにある建物群が妖しく映っていた。おそらく、季節柄住人が多くなる、八ヶ岳山麓の別荘群であろう。しばらく登ると明るい尾根に出て、眼下に韮崎市街が観察できたが、あまりの暗さにデジカメにNGをいわれてしまい、撮影は断念。

 3:03刀利天狗到着。これは下山時の写真。ここまでの尾根が「刃渡り」と呼ばれる痩せ尾根だそうだが、夜間でも特に不安はない。

SDIM0730.jpg

 ここから右のハシゴを登る。このへんからハシゴや鎖が散発するが、気になるほどではない。しばらくすると道が急に平坦になり、それが延々と続く。こんなに平坦になるのは黒戸山の山頂を巻くルート以外にはないはずだから(行きの時点では、刀利天狗がどこか、筆者は把握していなかった)、ここで全行程の半分まで来たことを確信した。予想通り、もう少し経って、五合目小屋跡地まで到着。3:40。

 ここからは一部の区間、ハシゴの連続となる。しかし基本的にはまだ土尾根で、走ろうとおもえば走れない道ではない。しばらく急登と平坦とを交互に繰り返し、七丈小屋へ到着。4:14。夜が白みかける。テン場にはさすが百名山、色とりどりのテントが全部で20張りくらいはあっただろうか。ここを超えると完全にヘッドランブは必要がなくなったが、小屋またはテント泊の登山者が大量に出現してきた。

 ここから先は意外に距離感がある。約2370mの七丈小屋からは残り600mを稼げばいいだけなのだが、地図でみるより遠い、遠い登りである。八合目御来迎場4:50。かなりペースが落ちている。この付近から帰りに山頂を撮影。

SDIM0729.orig.jpg

 このあたりは手足を使った鉄砲登りあり、岩稜帯でとてもランニングはむりである。ただ、この八合目を超えると傾斜は若干緩み、歩きやすくなる。5:37山頂着。そこにあったのは・・・

SDIM0724.jpg

 筆者はいいたい。この奉納物を理解できるのは、ただ正規ルート=黒戸尾根を登りきった人間だけだと。

 下りにかかる。途中で、女子大生らしき、女性四人だけのパーティに出会う。山女(?)らしからぬ、美人揃いで少々びっくり。しかも黒戸尾根ルートである。軽装にみえたので、おそらく七丈小屋泊まりであったと推測されるが、あんな美女と同宿できるなら、小屋も天国かもしれない(!?)。

 帰りは疲労とソールの能力の問題で、ゆっくり歩行、コースタイムとさほど違わないタイムで(朝飯を食べつつゆっくり降りたのが原因だが)、9:54下山。昭文社エアリアのタイム、15時間15分と比べると、9時間を切ったタイムだから、かなり頑張ったつもりだが、トレランランナーのなかには、2時間台で登りきる強者もいるようで(ホントに人間なんだろうか??)、恐れ入るばかりである。しかし、途中で若者二人組に再開して、「四時間半で登りました」と言ったらびっくりされたので、まだまだ捨てたものではない!? 

 筆者、まだまだ体脂肪が多すぎるのだ。もっと絞らねば。また、今回の山行で、手を数回突いてしまい(その半分くらいは靴のせいだ)、右手尺側の痛みが取れない。症状からすると、TFCC損傷のようで、しばらくは手首の安静を保つ必要があるようだ。タイプしていても、痛いよ・・・


 まあ、甲斐駒のような山は、ゆっくり時間をかけて、味わいつつ登るのが、正統な登り方なのだろう。筆者はトレラン靴こそ履いていったものの、走ることはほぼなく、帰りには自然林や石碑の美(信仰登山の山なのである)を玩味しつつ降りたのであった。

トムラウシ遭難その後(3)

「北海道大雪山系トムラウシ山(2141メートル)で登山ツアーの8人が凍死した遭難事故で、山頂付近で発見されたガイド1人を含む5人(うち2人が死亡)が野営に使ったテントは、登山道整備業者が従業員の宿泊に備えて山中に保管していたものだったことが、道警などへの取材でわかった。ガイドが救助要請などのために山頂付近を歩き回った際、偶然見つけたテントを運んだという。

 道警は、このテントがなければ死者はさらに増えていた可能性があるとみている。遭難した日は、下山してトムラウシ温泉に泊まる日程だったことから、ガイドは客を十分に収容できるテントを持っていなかったとみて、装備が十分だったかどうか調べている。」

 いったい、人命を何だと思っているのだ・・・

マスコミの役割とは?

 これは、過失犯による事件報道のばあい、「被害者の処罰感情を満足させること」ではなく、「再発を防止すること」であることは明瞭だろう。したがって、トムラウシ遭難事故に関して、散発的ではあるが事実関係が報道されることには、一定の意味があると考える。

 では、新型インフルエンザに関しては、どうだろうか。さいきん、マスクを車内でしているひとをほとんどみかけない。しかし、都内で感染が確実に広がっていることは、知られていないかもしれないが、病院で仕事に従事している人間の間では常識であろう。

 これであきらかになったことは、マスクは、「かけている個人を防衛するために使う」ものであって、「感染している人間が拡大防止のために使用する」ためのものである、という認識は、ついに普及しなかったということである。参考までに書いておくと、病院で医療用として使われているマスクのほとんどは、後者の目的で使用されるものである。結核患者の病室に入るときに使われるN95マスクなどは数少ない例外である。

 かくして、狭い電車の中で、咳やくしゃみをしていても、マスクをかけない人間の数は変わらず、感染は蔓延してゆく。実用性より話題性を常に重んずるマスコミの姿勢がそれに一役買ったことは間違いないだろう。NHKですら。保守派のひとびとがよく口にする「公共心」って、まずこういうところに反映されなければならないのでは。

2009年08月28日

万太郎山

 基本的にchickenな筆者は、高峰での悪天が恐ろしい。寒冷前線が南下しつつあるといニュースを聞いて、さすがに南アは恐ろしいと思い、やめてしまった。
 さて、どうしよう? 前線は南下するので、上越国境などは比較的いいらしい。地図とにらめっこの末、白毛門、茂倉岳、平標山は今回は却下、吾策新道から万太郎山を目指すことにする。あわよくばそのまま西へ縦走の予定である。

 「とき」の始発、東京駅6:08は上毛高原に停車しない。越後湯沢着が7:26なのだが、湯沢発みなかみ行きの上越線上りは一分後の発車で乗り継ぎ不可能、土樽駅方面をはじめとする越後バスの登山関連路線はことごとくこの電車より先行している。本当にやる気あるんか、JRそして越後バスよ??

 そこで仕方なく高崎から延々上越線下りに乗ることになる。みなかみの駅で湯沢方面への各駅に乗り継ぐことができるのだが、かなりの数の登山ルックの客が乗り込んだのには驚いた。谷川岳ロープウェイ駅へは、ここみなかみから直通バスが出ているのだが。このまま越後三山にでもゆくのだろうか?

 けっきょく、土合の駅で大半の客は降り、清水トンネル(「雪国」のそれである)を越えて土樽で降りたのは、筆者のほかは蓬峠に向かう夫婦連れと、ヘルメットとピッケルで完全武装した全共闘の・・・じゃなくて、沢登りのプロらしき集団だけだった。

 土樽の駅からは車道を歩くが、途中茂倉岳方面よりの分岐が草に埋もれて分かりにくい。しばらく歩くと駐車場があって、そこから踏み跡が右へ延びているがこれに入ってはならない。車道とふたたび合流するからである。尾根への取り付きは沢沿いにも延びているが指導標はなく、車道を詰めて末端に指導標が現れるのを待とう。「万太郎山方面」の道標がある。

 しばらくは植林のなかの急登が続くが、ときおりブナの大樹が現れるのが谷川連峰らしい。しばらくすると植林帯を抜けて、尾根に出る。雑木の中の道である。この道は、土樽山の家のご主人だった高波吾策氏が切り開いた、人工の登山道だが、奥多摩や丹沢の人工的登山道に慣れているハイカーにとってはびっくりするようなプリミティブな道である。そのワイルドさと、人のすくなさがこの道のいいところであろう。見通しはかなり上部に出ないと利かないからである。

 あんまり時間が経ち過ぎているので、いったんここで打ち切る。手が痛い・・・

2009年08月30日

万太郎山(2)

 相変わらず右手首は悪いままである。


 続けよう。

 舟窪と呼ばれる地点で万太郎尾根に駆け上がると、傾斜はかなりゆっくりとなる。右手に仙ノ倉山への稜線が見えてくる。大ベタテノ頭まで上がると頂上はもうすぐであるかのように錯覚するが、何のここから二時間以上かかるのである。左手に見えるのは一ノ倉山〜茂倉岳への稜線だ。そして、正面には、万太郎山が。

SDIM0743.jpg

 ここからはしばらく正面方向=万太郎山への展望の利かない痩せた尾根道を辿って、井戸小屋沢ノ頭へ出る。万太郎山が随分と近くにみえるが、ニセピークである。

SDIM0747.jpg

 土尾根が一部岩稜や、足場の悪い斜面になるので、慎重に進もう。もうしばらくすると、大障子ノ頭からの縦走路と合流する。頂上の展望は、よい。右が仙ノ倉山。

SDIM0751.jpg

 この時点でほぼ12時だったため、仙ノ倉山への縦走は断念。もと来た吾策新道を土樽へ戻る。残念な結果ではあったが、わずかに一人と会うだけの静かな山旅であった。

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