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2009年10月 アーカイブ

2009年10月03日

TFCC損傷(6)

 文献のまとめ。まだ、ターニングポイントとなる2000年Palmerの論文は未読である。1981年の基本論文と、1989年のTFCC損傷について述べた論文である。

 1981年の論文の骨子は、軟骨成分である三角軟骨およびメニスカス類似体と、その周囲の靭帯成分(遠位橈骨ー尺骨靭帯、尺骨ー月状骨靭帯、月状骨ー三角骨靭帯など)が、解剖学的には一体の構造物であると認められること、機能的にも遠位橈骨ー尺骨関節の安定化、尺骨への重量伝達(手にかかる荷重の20%は尺骨で支えられる)、スムースな回内・回外運動の形成などの役割を、協調して果たしていることより、「三角軟骨線維複合体」(TFCC)と捉えるべきことを説いたものである。この論文をきっかけに、TFCCの機能およびその障害が着目されることになった画期的論文ではあるが、臨床情報はここには含まれていない。ただ、「10代までは損傷はほとんどみられない、60歳を越えるとほぼ100%に変性が認められる」と、加齢あるいは使用による影響を受けやすい組織であることを述べていることに着目すべきである。

 1989年の、引用頻度のきわめて高い論文は、TFCC損傷の分類について述べたものである。この時点ではまだPalmerは臨床的に問題となることが多い外傷性(class1)の症例をそれほど診ていなかったようである。また、関節鏡が手に関してはまだ黎明期であったことからも、治療についてはほとんどコメントがない。「class2損傷(老化)のほうが多い」と彼は述べている。当然、class2損傷では、TFCC以外の、尺骨、手根骨自体にもびらんや変性が起きてくることが重視されて、骨の損傷の程度によるクラス分類となっている。
 われわれが注目するのはclass1(外傷性)の損傷である。class1Aはavascular(血管がない)な軟骨板の穿通性外傷である。これは、血管組織がないために、理論的には治らないことになっている(関節液を通じて栄養物質が供給されて自然治癒しないとは言いきれないが・・・)。興味深いのは、治療として「軟骨の部分切除」(debridement)でよくなることがある、と記載されていることである。現在も、class1A損傷には部分切除が試みられているが、「穴が小さいと症状が出て、穴を広げると消失する」理論的根拠は不明である。
 class1B, 1C, 1Dはそれぞれ尺骨遠位端(茎状突起の骨折を伴うこともあり)、TFCC遠位端(三角骨や小指基節骨への付着部)、橈骨遠位端(sigmoid notchの骨折を伴うこともあり)の損傷である。理論的には、それぞれの損傷部を縫合することで治りうる(じっさいにはそんなに簡単にはいかない)。しかし、血行はそれなりにあるために、保存的治療で治る可能性もあるが、Palmarは「尺骨のnormal/plus variant」という重要な着眼点を提出している。「尺骨が橈骨と等しいか、橈骨よりも長いと治りにくかったり再発する」ということである。plus variantでは、Palmerはclass1損傷では尺骨短縮術を、class2では尺骨遠位端切除術を推奨している。

 まあ、class2損傷のほうが治療がむずかしいのは、当たり前だよなあ。

謎掛け

 次の四人(グループ)の共通する点は、何でしょうか?

◦アレア(イタリアを代表するプログレ・ロック・バンド)
◦ソウル・フラワー・ユニオン(日本のロック・バンド)
◦大工哲弘(八重山民謡歌手)
◦アルトゥーロ・トスカニーニ(いわずとしれた往年の大指揮者)

2009年10月04日

両側TFCC損傷の恐怖

 右手が使えないと左手を酷使する。左手を酷使すると左手首の不調を感じるようになるから、左手もかばうようになる。足場の悪い降雨後の山において、手が使えないのはかなり危険である。

 総武線次発に乗ると6:14高尾発松本行きの普通列車に接続する。笹子駅には7:06に到着する。追分方向へ30分ほど歩くと、この地点から直接笹子雁ヶ腹摺山へ取り付けるのだが、面倒になってここから上がってしまった。この沢沿いに電柱の保守のための作業道が延びている。途中で9号線と10号線に別れて、9号線のほうへゆくのが正解で、819m、1109mのピークを踏んで、1421m、すなわちお坊山東峰に出るのだが、筆者は10号線を進んでしまったため、この送電鉄塔を踏んだ後、この急峻な尾根をシカの足跡を踏んで登らねばならなかった。到着した先は1201mの棚洞山で、ここに大月市が設置?した山名標があったのには、ちょっとびっくり。

 ここからお坊山へ向かう道は、機械で掘削したと思われる道だが、非常にゆるやかについており、飛ばすことができる。お坊山東峰まではすぐである。お坊山には山名標はあるが、1412mトクモリには標識はない。ここから1357m米沢山までは、細かいアップダウンを繰り返し、痩せ尾根を進んでゆくことになる。

 米沢山からの下りは細心の注意が必要だ。鎖はあるものの、足場が悪く、とくに降雨後は確実にスリップする。ここでかなり派手に転倒してしまった。右手はカバーできたものの、左手の尺側に痺れが・・・嫌な予感が。笹子雁ヶ腹摺山に10:00に着いたものの、本日はこれで下山することにした。明日が心配。。。

 しかし、考えてみれば、これで雁ヶ腹摺山と名の付く峰を全部制覇したわけだが、富士が見えたのはひとつもないのは、いったいどういうことだ!?

2009年10月10日

TFCC損傷(7)

 2000年になると、我らがPalmer先生も、かなりTFCC損傷の臨床経験を積んだ形跡が伺える。2000年の "Hand clinics"に載ったreviewでは、同僚のDr.Daileyがfirst nameの論文で、かつathleteに特化した内容ながら、早期からの積極的な関節鏡治療の可能性について述べている。

 ただし、本論文でも、「アスリートでない一般人は、いかなるタイプの損傷であっても、8w-12wの "immobilization" 、つまり安静が治療の基本であること」を再三述べている。それを断ったうえで、「一刻も早くトレーニングに復帰したい運動選手では、早期の関節鏡治療もありうる」というのだ。でもこれは矛盾ではないだろうか。「一刻も早く日常生活に復帰したい」のは、一般人であっても同じだからである。

 本論文では、Palmer分類毎の治療の方法を詳細に述べており、参考になる。簡単にまとめよう。

・Palmer1Aでは、articular disk(関節円板)損傷部のdebridement(切り取ってキレイにすること)を行う。新しいデバイスとしてYAGレーザーメスと "electrothermal wand" の二つがあるとのことだが、Palmer先生たちはレーザーの経験がないらしい。「このタイプの損傷は、術後一週間の安静が終わればどんどん動かしてよい」らしい。これは、関節円板には血管がないため、安静期間を置いても改善することが期待できないかららしい。
・Palmer1Bは、まず「合併する滑膜炎を切除し、損傷部をdebridementしたのち、「軟骨修復キット」のようなデバイスを使って切れた靭帯を縫合する」ようだ。尺骨とTFCCを直接縫合することはせず、ECU tendonの腱鞘(およびulnar capsule ... 尺骨頭の関節包のことか?)とTFCCの損傷部の橈骨側を結ぶようだ。この部位は血管が比較的豊富であるため、縫合後組織の着きがいいらしく、6wの術後安静が推奨されている。
・Palmer1Cは、この時点では「内視鏡的に再建に成功した報告はない」とのことだが、のちに報告が上がってくる。しかし技術的には難しいようで、日本の岡山大からの報告でも1C病変に関してはdebridementのみにとどめている。やはり骨に直接縫合はせず、腱鞘とTFCCを結ぶようである。
・Palmer1Dはもっともダイナミックな手術である。橈骨に釘を打ち込むもしくはwireを通して、直接TFCCと橈骨を結んでしまう修復の方法である。

 安静日数および手術の手技の選択は、組織の血行と大いに関係がある。Palmer1A, 1D損傷は、基本的にavascular(血行に乏しい)部位の損傷であり、debridementにとどめるか、がっちり物理的に(腱の自然回復を期待せずに)再建するのに対し、血行がそこそこある1B, !C損傷では、縫合部が安静によって修復されることを計算に入れ、「骨を削ってワイヤを通す」といった侵襲性の高い方法は用いないようである。

 2A〜2Eについては省く。実際にはrepairはせずにdebridementのみとする症例も多いはずだが、athlete、つまり術後も手首を酷使することを前提にrepairを中心に述べてあると思われる。

2009年10月14日

TFCC損傷(8)

 受傷よりちょうど二ヶ月経過。「保存療法で三ヶ月みて効果がないものに対しては関節鏡下手術が推奨される」となっており、あと一ヶ月の保存療法でよくなる見込みが怪しくなってきた。前回の受診の時には、TFCC損傷について十分に理解していなかったので、次回の受診の時によく聞いてこなければならない。

 まず、自分にとって最大の関心事は、損傷がPalmer分類のどの損傷に該当するか、ということである。class 1A (中心部穿通)では、おそらくないだろう。重要なのは、「class 1Bなのかそれ以外か」なのである。なぜなら、「class 1B損傷(尺骨付着部損傷)は、遠位橈尺骨関節(DRUJ)の不安定性を来しやすく、鏡視下手術の適応になりやすい」からである。どうやら、TFCCの機能的な役割として、DRUJの安定性に関与するということが重要らしく(TFCCには橈骨と尺骨から発する二本のligamentがあり、それぞれの損傷がclass 1Dと1Bに分類されることになる)、TFCC損傷における特有の症状(回内回外時の痛みやclick感、握力の低下)はDRUJの不安定性から生じていることが多いということのようだ。

 たしかにPalmerらの総説にもDRUJのことはきちんと書かれていたが、筆者はその重要性をあまり理解できなかった。TFCC損傷の治療上、このDRUJの不安定性は大きなウェイトを占めていて、診察(Piano Key Signなどがみられれば診断確定してよいだろう)、単純レントゲン、3D-CTなどが用いられてきたが、最近はダイレクトに見てしまう、つまり、DRUJ専用の関節鏡があるらしい。要するに、「直接見て診断する」という流れに向かっているようだ。もし、DRUJのunstabilityがなく、鏡視下修復のむずかしいclass 1C損傷などであれば、安静で粘りたい気もする。

 さらに、Palmerが着目しなかった手根骨を結ぶ靭帯について、どの靭帯が損傷しているかによって、症状や治療が異なるようだ。特別注意が必要なのは、月状三角骨間靭帯(LT靭帯)である。ほかにも、舟状月状骨間靭帯など、いろいろな靭帯が走っている。どうも調べているうちにわかってきたことは、

1)TFCC損傷の治療においては日本がリードしている
 これは、関節鏡が日本発の発明であることが関係している?
2)より早期から関節鏡を行うようになってきている
 Palmer class1Bに対しては、安静で対応しても結局は手術になる、というようなことがわかってきたからであろうか?
3)TFCC損傷の治療は日進月歩
 かつては内視鏡的に修復できないとされてきたclass 1C病変や、技術的に困難といわれてきた尺骨小窩(ulnar fovea)におけるTFCCの剥がれに対する修復なども可能になってきている

 一昨日動かし過ぎたためか、痛みがかなりぶり返している。特に回外運動(お金頂戴)が全くだめなようである。今まで痛みがなかった手背側の手関節尺側部痛も出てきているし、掌側の手関節尺側部は明らかに腫脹している。

 ほんとうに、関節鏡をせず、治るのだろうか・・・・・

2009年10月17日

日光白根山

 友人がクルマを出してくれるとのことで、三連休の中日に東京を出発。谷川連峰方面へ行こうと思っていたのだが、どうやらトンネルの向こうは雨らしいので、トンネルのこちらということで日光白根山とした。地図を見ればわかるが、日光は実は上州沼田と繋がっている(クルマを運転する人なら常識?)。いろは坂を抜け戦場ヶ原方面に出たクルマは、金精峠を越え群馬県側に入る。鎌田で尾瀬の大清水から来るクルマと合流し、沼田インターに至るのである。

 登山口の菅沼に着いたのが9時過ぎ。ゆっくりした登りだしとなった。しかし、見上げると、何だか山の上に白いものが・・・トレランシューズしか持ってきてないんですけど・・・
 仕方がないので意を決して歩き出す。途中で引き返してきた登山者に出会う。「雪があったので残り100mで引き返してきましたぁ」だそうだ。まあ、凍っていてアイゼン必須だったら引き返しもやむをえまいと思って進む。しばらくして山頂を踏んだと思われる人びとが降りてくる。みると靴もスパッツも濡れていない。少なくとも大量の積雪はなさそうだ。

 途中で雨が降ってくるがレインコートを出すのが面倒なのでタオルを巻く。しかし寒い。フリース持ってくればよかった。薄いシャツ類を四枚重ね着する。シラビソ類と思われる針葉樹体を抜け、スギが主体の樹相になってくると、樹氷が出現している。霧氷ではなく、積雪のためのようだ。

 しばらくすると弥陀が池に出るが、霧で何もみえない。たくさんの登山者がたむろしている。予報では雨は降らないはずだったからだろうか。さすが百名山だ。ここからは再び急登となる。右手が使えない筆者にとって危険個所が一箇所。帰りにこのルートを取るときに問題になりそうだ。頂上は人がごったがえしどうしようもない。早々に退散することにした。

 通常は五色沼へ降りるのだろうが、避難小屋からひとが少なそうな前白根山へ登ることとした。さすがにこの稜線を歩く人は少ないと見えるが(たいていの登山者は「奥白根山」の山頂に登ることだけが目的だろうから)じつはこの前白根山〜五色山〜金精山の稜線が素晴らしかったのだ。左眼下には五色沼、天気さえ良ければ奥白根が、右側には遠く中禅寺湖から日光連山を望むことができる。

 金精山から金精峠へのルートは若干荒れていて、特に下りに取るときには注意が必要だ。峠からは菅沼までよく整備された、雰囲気の良い周遊道を歩くことになる。クルマを持っているひとなら、お勧めのコースである。ただ、帰りの沼田までの渋滞は地獄であるが・・・

 写真はここに載せた。

2009年10月21日

TFCC損傷(9)

 日本語の文献を読んでみる。最近のものでは、日本でのTFCC診療の第一人者と言ってよい慶大の中村俊康先生の「三角線維軟骨複合体(TFCC)損傷に対する関節鏡」(「関節外科」vol.27 4月増刊号)と、関西電力病院の藤尾圭司先生の「三角線維軟骨複合体損傷に対する鏡視下手術」(「整形外科」Vol.57 No.8)や「Foveaでの三角線維軟骨複合体損傷に対する鏡視下手術」(「臨床整形外科」43巻5号)などが参考になる。まとめよう。

・TFCCの役割のひとつに、遠位橈尺関節(DRUJ)の安定性の保持がある。つまり、TFCCは実質的な遠位橈尺靭帯である。
 これを明らかにしたことが中村先生の業績のひとつである。
・現在でも、新鮮例には「三ヶ月間の安静」が以前としてゴールドスタンダードの治療である。
 これは、関節鏡による治療の内容と関係がある。
・Palmerのclass1損傷では、1A, 1Cは基本的にdebridementで足りてしまうことが多い。1D(橈骨遠位端での損傷)は、靭帯再建や縫合の対象になるが、1D損傷ではDRUJの不安定性が症状として比較的現れにくい。よって、鏡視下手術の対象として最も着目されているのは、1B損傷である。
・1B損傷は、血流の比較的豊富な部位であるため、二、三ヶ月間の固定で自然治癒しうる。しかし反面、治らない場合、DRUJの不安定性を来しやすい。
・TFCC損傷の症状のかなりの部分(握力の低下や回外回内の痛み)は、DRUJの不安定性のためであり、それをきちんと診断することは治療方針の決定の上でcriticalである。
・1B損傷の中には、靭帯断裂のほか、靭帯付着部である尺骨小窩(ulnar fovea)での剥離型損傷があり、従来縫合は技術的に困難であるとされてきた。

 ということで、最近のトピックスは「DRUJの不安定性」と「Foveaでの損傷」であるらしい。class2損傷に対しては、選択肢は「鏡視下での尺骨頭切除(Wafer)」「尺骨短縮術」そして「Sauvé-Kapandji法」ということになる。

 筆者は二ヶ月間サポーター生活をしていて、すっかり手指拘縮を来していることに気がついた。握力は左30kg、右10kg。レントゲンでは月状骨に骨びらん?? やっぱりCRPSみたいだなあ。。。やっぱりオペが必要か!?

2009年10月27日

TFCC損傷(10)

 担当医(同級生)受診。疑問をぶつけてみる。

「私の損傷は、Palmer分類ですと何型になるでしょうか?」
「1C(遠位型)だと思いますよ。1Bの可能性も否定はできませんが。」

 驚いた。てっきりこのひどい握力からは1Bだと思っていたからだ。1Cかあ・・・じゃあ、保存療法でもオペと成績変わらんよなあ・・・関節鏡じゃあデブリしかせんだろうし。

「DRUJの不安定性は、ないでしょうか?」
「(わたくしの右手をグリグリさせながら)ないと思いますよ〜ほれ、こうやって(たしか尺骨を背側か掌側にグイっとやったような気がする)押し込むと抵抗があるでしょ。これは、foveaからの靭帯が生きてるからだと思うんですよね。MRI上は怪しいんですけどね。」

 まあここは彼の診察技術を信頼すべきだろう。

「SL靭帯やLT靭帯は大丈夫ですか?」「大丈夫です。」

 ようするに靭帯断裂があれば、関節裂隙が開題するし、月状骨の舟状骨あるいは三角骨側への偏位が起きるが、それがないからだということだ。

 一番心配だった(1B損傷やSL, LT靭帯損傷による)握力低下については、なんと19kgというベストスコアが出せた。彼が診察に用いている握力計は圧が柔らかく、握力低下者の診察に適したものであるようだ。

「まあ、この時期に握力が戻らないのは当たり前ですよ〜」

 こういうのが専門でない医者にはわからない。何日目くらいから回復がみられるか、といった当たり前にみえることは、大抵教科書に書いてないからだ。

 というわけで、「このまま保存的にみていいと思います。具合悪くなったら連絡下さい」と、診察は本日で打ち切りとなった。

 TFCCの記事も、ほんとうに打ち切りになるのだろうか。握力は出ないし、まだひねると痛いのだが。。。

2009年10月29日

茂倉岳〜谷川岳縦走

 写真を載せてしまうと、もう書くことがなくなったかのように思ってしまうのは、わるいくせである。

http://picasaweb.google.com/daepodong/091017#

 例によって高崎から上越線へ乗り換え、みなかみで登山客の大部分は下車する。そこで残ったひとびとも、ほとんどは土合で下車してしまう。清水トンネルを越えて土樽で降りるのはほんの数人に過ぎない。しかし電車に残ったひとびとのうち、さらに越後三山をめざす人びとも理論的には存在しうる。しかしそれらのひとびとは越後湯沢まで新幹線を利用するだろう。

 途中で前回辿った吾策新道を分けて直進する。茂倉新道の入口は広場になっていて、バンなどが止まっている。地元のハイカーたちだろうか、それとも工事現場でも近くにあるのだろうか。

 のっけから地形図どおりの急登である。粘土質の道で、しっかり足型がついているが、降雨後などは滑りやすく注意が必要だろう。しかし吾策新道よりはよほど踏まれている。谷川岳方面からの下山路としても利用されているからだろう。天気はわるいが、尾根に乗ると主に対岸・・・足拍子岳などの稜線がみえる。今回の山行は新しく買ってしまったシグマのDP-2のデビュー戦だが、随分と派手に写る気がした。一部、パナソニックのワイコンと組み合わせた画像も載せてある。まず第一の目標は矢場ノ頭へ着くことだが、目標が目視でき励みになる。土樽駅出発8:38だが、10:30前に矢場ノ頭へ着いてしまう。

 矢場ノ頭へ着く前に二人連れの登山者に遭遇する。随分と早い下山だなと思ったのだが、「上のほうはガスッてるよ」と言われ、早いうちに写真をたくさん撮っておこうと思う。1683mピークを越えるとだんだん強風になり、温度も下がってくる。鞍部の小屋はみると工事中である。でもこの強風では山頂付近で食事を取れそうにない。小屋まで辿り着き、「入ってもいいですか?」と断って工事中の小屋へ入る。中は暖房されていた。聞くと、途中ですれ違った二人は作業のひとで、下に停めてあったバンは全部工事関係車だという。材料はヘリで降ろすが、人は尾根を上り下りするらしい。「あなたが今日最初の登山者ですよ」と言われる。この天候では茂倉新道をこの日に登ったのは筆者ひとりだろう。矢場ノ頭までで全行程の半分かと思っていたが、頂上へ着いたのは矢場ノ頭から一時間強であり、500mの標高差を一時間で登ってしまったことになる。

 これでかなり余裕ができた。ここから一ノ倉岳への縦走路で一人を追い越す。聞くと蓬峠からの縦走だという。いわゆる馬蹄型縦走である。ご苦労様。さらに谷川岳への縦走中に大学生と思われる、テント泊装備のパーティに出会ったが、その紅一点が可愛いこと! よほど写真を撮らせてもらおうかと思ったが、止めておいた。やっぱり写真くらい撮らせてもらうべきだったか。

 茂倉岳から谷川岳まで一時間で着いてしまったので、天神尾根をおりる予定を変更して、まだ未踏のルートを降りることにした。西黒尾根から分岐する厳剛新道である。このルート、一ノ倉沢と並んで沢登りあるいは冬期の登攀の対象になるマチガ沢の全貌を観察できるルートとして人気があるが、この紅葉の時期は樹林帯をゆく西黒尾根よりはずっとよいルートであっただろう。ワイコンを使って30mm相当で撮ったのがここである。

 というわけで、このルート、逆コースでも行けるし、意外にキツイルートではない。ただし、巌剛新道を登りに取ると、あのアプローチにうんざりするかもしれない。しかしルート自体は、マチガ沢のみならず紅葉を鑑賞できる素晴らしいルートであった。

備忘録

 例によって忘れないうちに書いておこう。このところ、TFCC関連の文献くらいしか読んでいなかったのだが。

最近の購入(書籍)
 ピエール・ブルデュー「パスカル的考察」藤原書店
最近の購入(CD)
 フランク・ザッパ "Absolutely Free" "We"re Only In It For the Money" "Hot Rats"
 大工哲弘「蓬莱行」「ジンターランド」
 ソウル・フラワー・モノノケ・サミット「アジール・チンドン」

何か落としているかもしれないが、まあいいか。

最近の読了
 辻邦生「背教者ユリアヌス(上中下)」中公文庫 B
 北杜夫「さびしい王様」新潮文庫 B
 安部公房「砂漠の思想」講談社文芸文庫 A
 吉行淳之介「夕暮まで」新潮文庫 B

 こうやって書いてしまうと、辻邦生と北杜夫と吉行淳之介の評価が全部同じなことに違和感を感じてしまう。「ユリアヌス」はA評価にすべきかもしれないし、筆者は淳之介の作品は全部B以上の評価を与えたいし、「さびしい王様」は「大人のための童話」という新しいジャンルを開拓しているし、、、と三者三様である。もとい、筆者は文芸評論を得意としていない。
 「砂漠の思想」・・・ある意味、彼の小説よりも面白い評論である。あまりこの評論の中身について云々するのはネタバレの感もあるから、たとえば「砂の女」や「箱男」が気になる読者は、一読、いや再三再四熟読玩味の価値がある、とだけ言っておこう。

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