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ドゥルーズ/ガタリと経済学

 眼鏡店へ行ってきたのは「眼鏡のはなし」で書いた通り。

昨日の購入 なし

昨日の読了
 佐伯啓思「隠された思考」 B 「時間の身振り学」 C
 竹内久美子「遺伝子が解く! 男の指のひみつ」 B

 竹内久美子は、アカデミックな学者(友人のA氏のように)は嫌うようだが(アタリマエか)、読み物として楽しむ分には罪がなくて(そうでもないか?)いいんじゃないかと思う。だめかな。
 「隠された思考」は、経済社会学、というより、経済哲学の本である。この本の主張は、結局「経済成長が善とか、数理的に処理された経済学が学問的とか、それ自体ひとつのイデオロギーなんじゃないの?」という、至極アタリマエの主張。しかし、その当たり前の主張は、「自由化、グローバリゼーションに適合した国内経済構造の再構築(改革、と彼らは言っている)は当然だ」とのたまう竹中平蔵その一派には馬耳東風であることもまた事実だ。経済政策はすべからくイデオロギー性をもつものなのに・・
 いまさらながらに気付いたのは、浅田彰がドゥルーズ/ガタリの紹介者として、当時の日本のアカデミズムに颯爽と登場した背景。いわゆるポストモダニストのなかで、経済学(というより資本主義社会)をまともに取り上げていたのはドゥルーズだけだったのね(ボードリヤールみたいな二流の論者を別にすれば)。ここで佐伯氏はポストモダニズム経済観を攻撃しつつ、この著作自体ポストモダン的に響く。どうしても、あるイデオロギーを批判しようとすれば、その著作自体相手の立脚点を受け入れざるを得ない、というアポリアからは抜けられないらしい。それが、本書をつまらなくしてしまっているのもじじつである。

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2005年12月24日 09:06に投稿されたエントリーのページです。

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