先日の山拓の「大連立」発言をみても、政治の世界では確実に改憲の方向へむかっているとおもわれる。筆者はもちろんそれに危惧を感ずる者だが、一方たしかに憲法には不備がいろいろあるのも事実である。
昨日の購入
太宰治全集(1) ちくま文庫
ミラン・クンデラ「生は彼方に」
ガルシア=マルケス「愛その他の悪霊について」
佐伯啓思「「アジア的価値」とは何か」「「欲望」と資本主義」
昨日の読了
西修「日本国憲法を考える」 B
本書の著者は保守的な立場に立つことをあきらかにしており、改憲の肯定が本書の主張であることはあきらかなのであるが、たしかに本憲法の問題点をあきらかにしてくれているのも事実である。とくに著者の政治的主張が鮮明にあらわれていない部分ではその批判は説得力をもって聞こえるのだが、最高裁の批判の部分で「靖国への公金支出は一般の国民感情からして妥当」などと述べている部分は、たんに著者がそう思い込んでいるだけに過ぎず、本書の価値を貶めている。
改憲は必要だが、与党や民主党がいうような改憲の方向性が正しいのかどうかは別のもんだいである。諸外国では国家を愛し、国民としての義務を果たすように教育を方向づけ、また憲法にその旨をはっきり明記しているところはすくなくないのは事実だ。しかし、それをそのまま日本に当てはめてよいのかどうかは大いに疑問である。それよりも、国家や政府への信頼の念を国民が持ってこなかった(し、今の与党への高支持にもかかわらず、事態は変わっていないと考える)ことを念頭に入れると、結局国家が国民を自分たちの利益のために使役できるよう変えようとしている、という批判は当然だし、憲法改正の前に国民の信頼を得るような実績を積んでゆくことのほうが先であろう。
何よりも、国民は憲法改正よりも財政再建、真の構造改革を望んでいるのは世論調査をみても確かなのだから。