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弱いものと苦手なもの

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 本日は、出勤するなり「昏睡、右片麻痺」に振り回されて、少々疲労気味。

 筆者の基本は"Sachlichkeit"である。例えば、バイオリニストで言えばヤッシャ・ハイフェッツのような、抑制された、テクニックを全面に出さず、趣味のよさを重視した演奏スタイルが好みである。情感をオモテに表すタイプのミュージシャンは苦手だ。ジャズで言えばセロニアス・モンクのような、理性的なタイプが好きである。しかし、モンク=晦渋、難解、ということはないと思う。久しぶりに本日聴いてみたが、ホレス・シルヴァーの黒人的ピアノに共通する「わずかなリズムの遅れ」がモンクのピアニズムにもはっきり刻印されているのだ(あまり指摘されることはないと思うが)。それが意外なまでの「黒っぽさ」を生み出していることには、少々びっくりさせられた。筆者としても認識不足だったといわざるを得ない。

 今回の本の中には「童話」が二作入っている。筆者にとっての明暗はくっきり分かれた。片方は「弱い」ものであり、片方は「苦手」なものであった。

昨日の読了
 ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」柳瀬尚樹訳 ちくま文庫 C
 サン・テグジェペリ「星の王子さま」石井洋二郎訳 ちくま文庫 A
 ソルジェニーツィン「仔牛が樫の木に角突いた」新潮社 B

 Cというのは、「読むに値しない本」という意味ではなく、筆者の苦手なタイプの本であるために、評価不能である、という意味である。まずこの本は原語で読むべきだろう。そうしないと「ことば遊び」がわからない。さらに、童話のふりをして、数学者である筆者は、さまざまな「罠」を仕掛けているらしい。専門の文学研究者によってさまざまに分析されているような性質を持つ本書。筆者には童話として素直に読むには技巧的すぎるように見える。

 さて対照的なのは「星の王子さま」である。両方とも、「そんな本は高校生くらいまでに読め!」と言われてしまいそうだが、童話というのはある意味大人にならないと読めないものなのではないか。むしろ、本質的には大人のために書かれているような気がする。本書のような本は、逆に筆者は弱い。A評価を与えたが妥当であっただろうか。

 ソルジェニーツィンの自伝である本書は、彼の読者にとっては必読の書であろう。いかにすさまじい努力で、彼が自分の文学を守り抜いたのか、ということがよくわかる。途中で、ソルジェニーツィンを自宅にかくまったという人物として、「ロストロポーヴィッチ」氏という人物が登場するが、これはあのチェリスト兼指揮者のロストロ氏のことなのであった。ソルジェニーツィンをかくまったことで、ソ連当局にさんざん嫌がらせを受けて、かなり弱ってしまったらしい。当時のソ連とは本当に何という国であったのだろうか。

>山村さん

>どの国でか知ってる?
 いや、、、なんせ、この年になるまでほっておいた本なので(笑)。

>>当時のソ連とは
>いやー、最近もまたそういうふうらしいよ。
 「プーチニズム」(NHK出版)転がしてないで早く読めちゅうことやね。

>最初はアメリカで出版されたんでした

 勉強になりました m(o)m

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コメント (2)

スイスの山村:

>>「星の王子さま」
今年はフランスでの出版から60年なのだけれど、最初に出版されたのはもっと前で、だけど、どの国でか知ってる?内容から考えると、ちょっと不思議な感じもする...。

>>当時のソ連とは
いやー、最近もまたそういうふうらしいよ。

スイスの山村:

最初はアメリカで出版されたんでした。

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2006年05月18日 00:14に投稿されたエントリーのページです。

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