別の場所で、「パターン認識問題」について書いていて思いだしたこと。
筆者は、中学・高校生時代、「学校で教わったことなど何一つなかった」と豪語していたが、そうでもなかったことに気がついた。
中学二年(一年だったか?)の時、筆者は「コンピュータは人間を超えられるか」という題で、学校の弁論大会に出場した。筆者の結論は、「創造力にあり」という、きわめて平凡なものであった。
会が終わった後、それほど親しいというわけでもなかった、隣のクラスの数学教師の自宅(下宿)に招かれた。彼は東大教育学部の出身で、ほどなく母校の武蔵中学の数学教師に迎えられ、学校を去っていった。たぶん、彼は母校(武蔵中・高)と比べて質のわるい筆者の出身校で教えることが寂しかったのだろう、と今になればわかるのだが、自宅へ招いた筆者に、自分の卒業論文の写し(ガリ版刷りで、しかも手書きだったので、判読はかなりむずかしかった ^^)を渡して、
「コンピュータの限界はパターン認識にあり」
という持説を説明してくれたのだ。
筆者のような、自分より知識も思考力も遙かに劣る学生に対して、対等の研究者であるかのように接してくださったその先生の姿勢は、今でも筆者のどこかで生きているようにおもわれる。
ちなみに、その後の計算機科学の進歩により、当時問題だったパターン認識問題はほぼクリアされた。その問題の以前は「ソーティング」が一大テーマであり、図書館情報学という分野の精力がそこに傾注されていたことを筆者が知るのは、そののちの話である。
追補。
この話には前段がある。
筆者はそれまで「教師」という人種を信用していなかった。それは、小学校五年生の体験が関係していた。
その時、筆者が住んでいた埼玉県新座市というところで、「みらいのにいざ市」という題で作文を募集していた。なぜか筆者の作文が選ばれ、市の広報に載ったのだが、そのあと、担任はこう語ったのだ。
「○○(筆者の姓)とXXの作文を送っておけば大丈夫だと思ったから、読まないで送ったよ。」
XXも、いわゆる成績のよい生徒のひとりであった。
このひとことは筆者の中で教師に対する不信感の醸成を決定づけたものであった。