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戦争の悲惨さを知れば戦争はなくなるのか

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 ほとんど同じようなことを以前に書いた記憶があるが、こういう話は何度でも繰り返したくなるものだ。

 ある良心的知識人(揶揄しているわけではなくて、いい意味で)の方のサイトを見て、いろいろ書き込みをしてしまったのだが、そんななかでやはり根本的な疑問が湧き起こるのを禁じ得ない。曰く、
 「イラクの、パレスチナの悲惨さを、多くの人びとが知れば、それで世界はよくなる。」

 少なくともこのテーゼの半分は認めたいと思う。それはプラスにこそなれ、マイナスに働くことはない。しかし、話の半分はたぶん楽観的に過ぎる。つまり、そういう政策を取る為政者は、その「悲惨さ」を知っているか、または知ったところで政策を変えようとしないからである。
 リベラルとコンサバティヴの埋めようのない差はどこからくるのか。それは、第一優先にする事柄をどこに置くか、のちがいであって、それは倫理では埋まらない。埋めるのは政治、つまり十分なディベートの後の多数決しかないだろう。
 リベラルは、日本の平和・日本の豊かさより、世界中の富の不平等や、人権を抑圧されている人びとがいること、日本人が気づかずに踏みつけにしている人びとがいること(構造的暴力)、を第一に考える。しかるに、コンサバティヴは、「日本の国益、日本の経済成長」を第一に考える。世界のことをおもんぱかる前に、日本国内にも失業者や虐げられている人びとはいるし、この重い税金を少しでも減らして豊かな暮らしをすることがまずすべての礎になるだろう、と。
 この差が倫理では埋まらない理由は、リベラルがいう「アメリカ帝国主義」に関与することが、日本一国の平和と利益に繋がるならば、何が悪い、ということになるから、リベラルの立脚点からの「説得」や「共感」は絶対に不可能だからだ。かりに、アメリカ帝国主義への協力が、日本にとって何のメリットもないのであれば、コンサバとてそれに同意をしまい。
 だから、どうしてもアメリカへの協力をやめさせることに同意させようとすれば、方法はひとつしかない。それは、
 「アメリカに協力することは、日本の国益にならない」
 ことを証明し、説得するしかない。「それは世界正義に反します」などと言ってみても、何の説得力も彼らには持たないのである。
 同様に、パレスチナ問題にしても、佐藤優がいうように、
「イスラエルを支持することは日本の国益になる」
 ことは、一見するともっともなように思われる。外交情報の入手の点、「中東唯一の民主国家」である点、そしてオイル・メジャーを敵に回さないための戦略として、十分にありうる。だから、佐藤のような現実主義者を折伏しようとしたら、方法はひとつしかなくて、それはイスラエルがパレスチナに非人道的な行いをしていることを強調しても無意味である。やはり、
「イスラエルを支持することは、最終的に日本の国益を損なう」
 ことを説得する以外にはあり得ない。

 そこが、日本のリベラルに一番欠けている視点と思われるのだ。

 戦争をなくすには、戦争の悲惨さを知ってもだめである。「戦争をすることは、その当該国家にとって利益にならない」ことを、すべての国家が納得する以外にはない。
 ならば、すべての国家にとって戦争が不利益になるようなしくみを作ってゆくしかない。残念ながら、今の国連はそのようなしくみを目指してはいない。

昨日の読了 なし

>この鼻の赤さがたまらない。。

 彼女は(去勢されてますが)写真が嫌いらしいのですよ。どうもフラッシュがお気に召さないらしいです。
 さらに、(某所で書いたのですが)最近階級闘争に目覚めたらしく、「もっといい飯よこせ」というんですよね。。。

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2006年05月06日 00:00に投稿されたエントリーのページです。

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