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バード・サンクチュアリ

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 職場の近く(といっても、タクシーで15分くらいかかる)に、バード・サンクチュアリをおいている公園がある。今日は土曜日なので、仕事を抜けて昼休みに撮影に行ってきた。例によって「大砲」を抱えているひとがちらほら。筆者の一眼レフはオリンパスのE-500、すなわち撮像素子がフォーサーズという35mmフルサイズの1/4の大きさのものだ。すると、焦点距離が長くなるから、望遠側が二倍に伸びる。つまり、本日持っていった50-200mmの望遠ズームでは、35mmに換算すると100-400mmのズームと等価である。しかも、絞り解放からシャープに映るレンズなので、三脚なしの手持ち撮影可能なのはかなりのアドバンテージだ。
 カメラは室内用具ではなく、フィールド用品なのである。持って歩けて、手持ちで撮影できてナンボの道具でもある。そう考えると、いまひとつ人気のないフォーサーズはまさに適切な選択肢ではないだろうか・・・

一昨日・昨日の購入 なし

一昨日・昨日の読了
 網野善彦・阿部謹也「中世の再発見」平凡社ライブラリー B

 このふたりは共通点がおおい。在野にちかい研究者であること、関心が社会史という歴史学者が軽んじてきた領域に向けられていたこと、などである。対談じたいはしっくり噛みあっていない点もあるが、お互いの関心にオーバーラップする領域が多いために、現在読んでも興味深い内容となっている。
 筆者があらためて本書で着目したのは、他の網野氏の著作にも繰り返し述べられていることではあるが、「芸能」をなりわいとするひとびとが、のちに差別されてゆくそのプロセスである。スイスの山村氏は、売春はやめなさい、売春は結局損をすることになるよ、と再三発言をしているが、日本でもヨーロッパでも、世界最古のこの職業は、前者では江戸時代まで、後者では十五世紀くらいまでは、差別の対象になっていなかったというのである。ヨーロッパで娼婦が蔑視の対象となるのはあきらかにキリスト教の影響であるが、「娼婦は賎職ではない」とはっきり述べている祭司もいたということで、はじめはかなりキリスト教の聖職者の内部でもばらつきがあったようだ。そして日本ではもちろん江戸幕府が創作したものである。鎌倉・室町時代までは、母親が白拍子だったり、傀儡だったりしたことは、まったく恥じるべきこととは見なされていなかった。

 現代の、ある意味プロ意識を失った「援助交際」を容認するかどうかは別の問題として、広い意味で「芸能」に携わると考えられてきた遊女は、時代を遡ると東洋(日本)、西洋(欧州)ともに社会的地位の確立した職業であった、ということの意味を、もう一度考えてみるひつようがあろう。

>山村さん

>僕が許せないのは、売春を差別したり、疎外している人たち

 筆者も、網野/阿部氏らとおなじく、はじめは特殊技能をもつゆえに「聖別」されてきた芸能民・・そのなかには遊女も含まれるが・・が、政治(日本)や宗教(欧州)のために「差別」されるようになった経緯には関心がありますし、その差別は結局ホロコーストや障害者、アイヌや沖縄といった少数民族の差別に繋がるものであるから、やはり間違ったものではないかと思っています。

>バルカン半島を巡る、この問題にかかわる状況
 「国境を越えるユートピア」にもちょっと触れてありました。
 また、モーリタニアでは、法的には禁止されている慣習である「奴隷制」がまだじっさいには残っているのだということです。
 フランスが植民地にしたとき、その問題には手をつけなかったのでしょうか。もっとも、手を付けたところで、G.C.スピヴァクが指摘している「インドの寡婦殉死」と同じ問題が生ずるわけですが・・・
 興味のあるかたは、スピヴァク「サバルタンは語ることができるか」(みすず書房)をお読みください。「現代思想」を語るためには必須の一冊です。ただし、筆者はあんまり評価しません。

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コメント (1)

michiaki01:

>>売春はやめなさい、売春は結局損をすることになるよ
っていうかね、僕が許せないのは、売春を差別したり、疎外している人たちなのだった。
それゆえ、少なくとも現状では、勧められない、ということになるんだった。
それと、僕の個人的な考えとして、それは安易だけど、あまり得るところのない解決策だ、というのも書いたけど...。
それから、バルカン半島を巡る、この問題にかかわる状況を知ると、やはり、肯定できないとは思うね。誰が隣人に売り飛ばされて強制的にそんな仕事をしたいだろう?月給40ドルで。

ということで、僕はその職業、全く否定するつもりはないけれど、気楽に肯定もできないな、ということなんだった。

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2006年04月22日 16:10に投稿されたエントリーのページです。

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