
内田樹がまた本を粗製濫造している気配があるが、そのなかに九条論議があった。もはやこの著者の思考のパターンが読めてきたのでさすがに購入する気がしなかったが、今まであまり政治性をあきらかにしてこなかったこの著者の結論が気にならなくもない。
同じようなことを以前に書いた記憶もあるが、もういちど筆者の第九条に対する考え方をまとめておこう。
まず、当然だが(意外?)、憲法全体の中では九条の占める比重は高くはない。憲法改正というととかくこの条文のみがクローズアップされる気味があるが、それは間違っている。
次に、憲法成立時の事情からいって、これを日本の国是とするには弱さがある。残念ながら、この条文をアメリカの押しつけとする見方はまちがってはいない。そして、日本の軍備の解体をはじめはもくろんでおきながら、朝鮮戦争の勃発と共に警察予備隊の設置を余儀なくされた、つまり、憲法の理念を体現するまもなく、アメリカから強制された条文を破ることをアメリカに強制された、という歴史がある。
三番目に、バチカンやモナコ、レソトやスワジランドといった、強国に囲まれた小国以外で、軍隊なしに安全保障を実現している国家は、事実上皆無だという現実を認識しなければならない。コスタリカがあるではないか、という反論があるかもしれない。そういう論者は、コスタリカの置かれた地政学的立場を無視しているし、国連総会において、日本以上にアメリカべったりの投票を繰り返しているこの国の政治を知っているのだろうか。コスタリカの北はニカラグア、南はパナマだ。両方ともアメリカの庭といってよく、この両国に対するアメリカの軍事力の行使の実態は、サンディニスタに対するものも、ノリエガ将軍捕獲にしても、広く知られている。つまり、はっきり言ってしまえば、この国の安全保障は日本以上にアメリカに依存していると言えるだろう。
第四に、この条文を変更するとして、その目的である。軍隊を持つとすれば、国際貢献の前に、国内貢献をしてもらわなければなるまい。つまり、米軍の完全撤退を目標としての軍備ということになる。国際貢献のみが論じられている現状にはかなり問題がある。本土の人間としてこういう発言はしたくはないが、現状では沖縄を日本から切り離し、アメリカにくれてやるという選択肢すら考慮に値するからである。
以上を踏まえた上で、筆者は社民党や共産党の「護憲」の訴えにはまったく説得力を感じないが(共産党は、「国を守るためには軍隊は必要」という理由で、現行憲法に反対した唯一の政党である)、アメリカのための出兵のみを目的とした(あるいは「国威発揚」のための)自衛隊の合憲化にははっきり反対の立場を採りたい。ただ、本当に九条を堅持したいのであれば、米軍が日本から完全撤退したのちにも、日本の安全保障は担保されるのか、その見極めが必要である。そうでなければ、単に自前の軍隊を置いていないというだけに過ぎないからである。世界中に前例がない以上、本気で「軍隊なしの安全保障」を実現しようとすれば、それなりの物的・人的コストを払わなければならないが、政府にも国民にもそれだけの覚悟が本当にあるのだろうか。