ここで晒し者にされてしまった(笑)。あちらで延々と自分のことについて述べるのも何なので、こちらで筆者の考えを記しておこう。
1)兄弟姉妹がいるかどうかによって、異性への対応、考え方が異なるという指摘は、経験上ただしいもののように思われる。また、成人するまでの少青年期に、どのくらい異性と(ふつうに)接したか、ということも重要だと思うので、中学・高校が共学かそうでないか、というのもおおきいと思われる。男女問わず、共学校で過ごしていないひとは、異性を理想化してみる傾向があるように感ずる。
2)「幻想」ということばの使い方を厳密にしておきたい。このことばは、ふつうに使用するぶんには、「に過ぎない」という続きを付け加えられることがおおいことからもわかるとおり、どちらかというとネガティブな価値判断を含めて使用されることが多い。岸田秀氏、あるいは筆者が「幻想」ということばを用いるときには、それには否定的なニュアンスがないことには注意が必要だ。いや、場合によっては、人間に生きている積極的な意味を付与している、という点から、ポジティブに使用されるケースすらある。
女性の理想化、つまり、プラトン的な「イデア」を現実の女性に投影することと、性的関係、あるいは恋愛において、その関係が幻想である、ということは、完全に一致しているどころか、前者は後者のごく特別なケースに過ぎない、ということだ。つまり、『女性について何も幻想を持っていないし、全てそのまま受け入れることに何ら抵抗がない』という発言自体も、筆者の用語からすると、「幻想」ということになる。というのは、「女性の現実」などというものは存在しないし、「そのまま受け入れる」というのも、すべてのバイアス(これは、女性側に起因しているだけではなく、受け入れる男性側に起因している場合のほうがむしろ多い)を排除することが、原理的に不可能であるからだ。
つまり、「ありのままの女性をそのまま受け入れる」というのは、男性側の幻想なのだ、と言いたいわけだが、ここで特記すべきことは、それは筆者は「幻想」とみるけれども、否定するどころか、そういう幻想は恋愛にプラスに寄与するものであるなら、大いに奨励すべきだ、と考えていることだ。
3)つまり、家族とか国民国家とか資本主義とか、現実に作用していると考えられているシステムも、すべて「共同幻想」とみなす立場からすれば、人間の思考、思想もすべからく「幻想」ということになる。かように幻想とは広い意味で用いられており、「女性を理想化する」というプラトニズムとは、そのイデア論を否定するところから、対極に位置することにあると言ってもいい。
4)だから、筆者は、「対立」とは捉えていず、むしろその幻想の内容が異なるだけで、それはごく自然なことである、と考える。なお、
5)『僕の場合、先日書いた話どころでなく、「ふつうに考えればとんでもない話(=ここには書けないような話)」をいくつも経験しているから、今更幻想も持っていない』については、筆者も同様である、と書いておくことにしよう(笑)。ただ、恋愛に限らず、学術研究やイデオロギー追求に関してだって、「幻想」は人間をドライブする原動力として、絶対に必要なのだと思われる。「金持ちになりたい」「有名になりたい」「自分を高めたい」などという欲求(精神分析学的には「欲望」というべきか)も、その内実をよく観察すると、すべて幻想なのであるから。
>山村さん
いやね、怒っているわけじゃないのです。
ウィトゲンシュタインとか、フッサールとか、そのヘンに興味があれば簡単に理解して頂ける話なのになあ。
>突然「幻想」と書かれれば、多くの人にとっては理解は難しい
ふむふむ、そうよね、日常会話用語をテクニカル・タームとして使ったらいけないよね。
コメント (2)
おー、晒し者にしたつもりじゃなかったんだけど...。ま、そうも読めるか。ごめんごめん。
でも、ちょっと素直には賛成しかねるな。(笑)
投稿者: michiaki01 | 2006年01月26日 18:18
日時: 2006年01月26日 18:18
これだけ詳述してあれば、それはそれで理解はできるけど、突然「幻想」と書かれれば、多くの人にとっては理解は難しいだろうね。
投稿者: michiaki01 | 2006年01月26日 22:33
日時: 2006年01月26日 22:33