先日、g-callが宣伝のメールに「緊急」のフラグを付けて送った、という件で(どーせそんなフラグはOutlook Expressくらいにしか対応してないんだろうけど)、陳謝のメールを送ってきた。その中の一文だが
「人後に落ちる行い・・・」というのがあった。
何? ジンゴニオチル、だと??
じつは筆者はこういう日本語にはかなり敏感だ。「人後」って、ふつうは「腑に落ちない」と同じように、原則否定形でしか使わない言葉じゃないの? ふつうは「人後に落ちぬ働き」とか言わないかな。
かなり筆者の言語感覚は古いらしくて、インターネット上で使われる言葉としては、「こん」というのは許せない。挨拶のことばというのは、省略などしないのが原則ではないのか。もともと無意味なことばなのだから、定型を守るのが筋なのではないだろうか。「・・・ですの」とか「・・・と思われ」の二つは、ときどき使うが、ヘンな日本語、と言われたらその通りだと思う。ヘンだということを承知で使っている。
他には、「まったり」とか「イケメン」に許し難さを感ずる。前に話題になった単語としては、「やばい」ということばが、英語の"so bad"、つまり、逆に「クール」「かっこいい」「どうしようもなく(好き)」といった意味で使われていた、というのがあったが、筆者はことばの意味の変遷自体を咎めているわけではない。言葉というのは、オリジナルからみたら劣化を続けるものなのだ。それが言語の運命だから。
そう考えると、「正しい日本語を守ろう」というような動きは、実にばかばかしい運動であるということになるのだが、自らの言語感覚については、それを自分の意思で変更するわけにはいかない。ものごころついたときにはすでにビルトインされているものだからである。「イケメン」の気持ち悪さが、「いけてる」という意味不明の日本語に、さらに英語の「men」をくっつけた、という二重のいかがわしさから来ている、という解説をしてみたところで、その気持ち悪さを感じない若者のほうが多い以上、それを正当化するわけにもいくまい。自らの言語感覚を理由とした「ことばの正当化」は、ファシズムと同じなのである。
だからといって、少なくとも筆者に向かって、先に挙げたようなことばを使用する方には、好感を抱くことはできない。それは仕方がないだろう。
追記:
ある方から指摘を受けたのだが、「イケメン」の「めん」って、「面」だったの?? 余計気持ちが悪い・・・