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「買う」ことについて

 トラックバックが復活しているようなので、こちらに書くことにする。

「セックスは相互理解」とは、幻想にほかならないと思う。しかし、それでいいのだ。「お互いがより理解し合い、絆が深まったように思う(誤解する)」のも、セックスの効用のひとつ。
 わたくしはもともと岸田秀の「唯幻論」の支持者だが、とくにことセックスに関しては、岸田氏の意見とわたくしのそれとはほぼ一致している。つまり、セックス(というより、性欲一般)においては、肉体的快感なるものは単独では存在しない。それはあくまでファンタジーを満たす、という意味において存在する、ということである。
 例えば、具体的な話を持ち出して恐縮だが、自慰において、「いく」こと自体が物理的に重要なわけではない(はず)。空想が満たされるほうが大事なのだ。だから、男女を問わず「おかず」が必要なわけ。
 なので、わたくしが買わない、買いたくない理由とは、単に「買う」ことでは、自分のファンタジーを満たすことができないからに過ぎない。逆に「買う」ことで、あるいは「買う」ことでしか、性的空想を満たすことのできる男性(さいきんは女性も)はいるわけだし、そういうひとにとっては買えることは死活問題なのであろう。

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2006年01月24日 08:23に投稿されたエントリーのページです。

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