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出生率低下について

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 誰かに話したことをそのまま書いているというパターンが、さいきんは多い。

 世界的に離婚率は急増しているとみられる。先日、香港の話を書いたけれども、離婚率は極めて高く、だいたい三人のうち二人は離婚するのだという。離婚率(どういう統計の仕方をしているのかわからないけれども)は日本においても50%に迫る勢いだということである。欧米では、スイスにおいては、50%overという、日本と同じような状況らしい。

 こうなってくると、筆者には、まず男女とも、婚姻が永遠に継続するという前提で、結婚や出産を行うということが、妥当なことなのかどうか、そして政府の政策もこの現状を踏まえずになされないことが適切なのかどうか、疑問に思えてくる。つまり、「離婚はありふれたこと、二人に一人は離婚する」ことを視野に入れた人生設計、行政が必要になってくるのではないか、ということである。

 このような状況で、出生率が下がるのはある意味当然のことである。核家族化している現在、離婚した女性が実家に戻って、「家」のサポートのもと育て上げる、というモデルはもう通用しない。シングルマザーは文字通り独力で子どもを育てなければならない(実家の親の助力を期待できるケースもあるだろうが)。これは多大な負担で、生活費を稼ぎながら子どもを育てることは簡単なことではない。

 そこで、シングルマザーをサポートするようなシステムの構築が必要となってくるが、そのシステムは保育ママや託児所、保育園といった公的システムだけでは不十分で、「共同体の中で子どもを育ててゆく」という、むかしの日本の家制度のような、人的システムも必要になってこよう。

 しかし、筆者には、この人的ネットワークの構築は、容易なようには思われない。ひとつは、かつての「家」の再構築が不可能であることだ。現在の雇用・住宅状況のなかで、大家族制は取りようがない。また個人主義の世の中で、家父長を中心に序列を持った家族というものを構築すること自体、すでに不可能な時勢になっているように思われる。

 人的ネットワークは、血縁もしくは地縁によってつくられる。この地縁による構築が第二の手段であるが、これも困難であるように筆者には思われる。それは、一ヶ所に定住する、というしくみに、今の社会はできていないように思われるからだ。それは住宅事情と転勤が関係している。農業のような今や特殊な産業に従事していない限りは、住民同士の信頼関係が構築されるだけの長期に渡って同じ場所に住む、ということは、特に結婚や出産の担い手である若年者層では全く期待ができない。

 この離婚率と、社会の公的サポート、そして共同体の不存在という現状のなかで、子どもを産もう、育てよう、という意欲が湧いてくる方が、ある意味不自然なようにも思われるのである。

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2007年03月06日 18:11に投稿されたエントリーのページです。

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