
最近、本の購入傾向がはっきり変わってきた。前にも触れたと思うが、まず、「新書」をほとんど買わなくなった。文庫は、これもちくま(学芸含む)、講談社(学術、文芸)、岩波(文庫、現代文庫)、平凡社(ライブラリー)以外は、ほとんど買わなくなった。
そして、もう読む前から推測がつくものや、人気作家(著作家)のものも、わずかな例外を除いて買わなくなった。そして、ハードカバーの購入が増えている。
昨日の購入
宮城谷昌光「風は山河より(5)」新潮社
ガリー・ガッティング「フーコー 一冊でわかる」岩波書店
サヴィンコフ「テロリスト群像(上)(下)」岩波現代文庫
「石川淳評論集」
カレル・チャペック「スペイン旅行記」以上ちくま文庫
サマセット・モーム「サミング・アップ」岩波文庫
実は、時枝誠記「国語学言論」が、岩波文庫から出版(復刊)されたことのほうが驚異だろう。筆者は買って読もうとは思わないが(たくさん未読の本があるのに)、言語学に興味のある方にとっては必読書であろう。
昨日の読了
赤松啓介「非常民の民俗学」ちくま学芸文庫 B
宮城谷昌光「風は山河より(5)」新潮社 A
赤松氏のこの本は、氏の代表作として知られているが、ほぼ内容は前に紹介した二冊と重なる。前の二冊と、本書一冊との比較なら、前の二冊を勧めたい。よって、Bとした。
宮城谷氏の本シリーズは、徳川家康が主人公ではなく、家康に仕えた野田菅沼氏三代の物語なのであった。よって、五巻で終了してしまい、ちょっと残念。
さて、本書の物語としての面白さとは別に、本書のテーマが筆者には気になる。本書のメッセージは、あくまで家康に忠節を貫き続けた菅沼定盈が、最終的には戦国を息抜き、徳川政権の元で大名となるという物語なのだが、本物語には逆に風見鶏を貫き通して、徳川政権下にやはり枢要の地位を占めるようになる(家康の孫娘を後に娶ることになる)奥平氏一族の話も出てくる。
あくまで本書の主人公は菅沼氏、特に定盈だから、著者のメッセージは、「忠節を貫き通す清々しさ」を称揚するものであることはあきらかだ。しかし、そう読み取ってよいのだろうか。
筆者には、さらりと脇に置かれた、奥平氏や、やはり徳川家に向背を繰り返した戸田氏(これも、譜代大名として反映することになる)も並行して描くことによって、そのメッセージが意図的に弱められているようにも感じられる。つまり、一見、伝統的な倫理観を称揚しているように見えて(広く読まれているのはそれが原因だろう。つまり、反権力的には見えないのだ)、実はさまざまな生き方があることを許容しているようにも見えるのだ。
まあ、小説なのだから、好きなように読んで構わないのだろう。