
以前から気になっている歌詞がある。The Bandの、"Twilight" という、彼らにしては軽快な歌のことである。
その一節を引こう。
"A young man serves his country
and an old man guards the home"
このような、「若者は国を守り、老人は家を守る」のような、「国防」「郷土愛」というイデオロギーは、歌詞に登場してきている以上、少なくともアメリカ(南部)ではふつうの感覚なのだろうが、日本中世においてはどうだったのだろう? テレビドラマなどでは、これが前提とされているように思われるのだが、本当なのだろうか??
「国防」は、アタリマエのことなのだろうか。これもまた難しい質問である。最大の炭酸ガス排出の原因が戦争であり、軍隊である以上、「国防」に国家予算や人員を割くことは、国民の利益という観点以上に(もちろん、アイゼンハワーの警告に反して、アメリカが現に遂行していることは、産軍共同体による雇用の産出、つまりかたちを変えたニューディール政策であるわけだけれども)、人類の生存という観点から、かなりの重要性を持った問題として浮上してくることになる。
そういった状況のなかで、このような素朴な歌の中にも、「国防が必要だ」というイデオロギーがさりげなく折り込まれていることは、それが意識されていないだけに、より問題視する必要があるかも知れない。
昨日の読了
大岡昇平「武蔵野夫人」新潮文庫 B
これも恋愛と一夫一婦制という道徳のあいだで揺れ動く恋人たちの感情を描いた「心理小説」にはちがいないが、前に触れた伊藤整の作品とはちがって、その心理の動きをダイレクトに描いていないだけに、より小説としての完成度はたかいといえるだろう。惜しむらくは、前半に、「スタンダール」ということばが登場する文章がおおいことが、この小説の完成度を削いでいるように、筆者には思われた。
なお、解説の神西清氏の、「武蔵野の自然こそがこの小説の主人公」という指摘は、たいへん頷けるところである。映画化されているが(もちろん観たことはない)、その脚本をこの作品を酷評した福田恆存が手がけているのが面白い。