なぜアイルトン・セナはスピードにこだわり続けたのか。なぜ植村直巳は次々と過酷な場所を求め続けたのか。そんな著名人の名を挙げなくとも、毎年多くのひとが危険度の高い場所にゆき、多くのひとが遭難している。危険だとわかっていたら、そういう場所には行かなければよい。イラクやアフガンで人質になったり殺されたりした事件の時にもそう思ったひとは多かったはずである。
冒険家と外国で拉致されたケースを同等に扱うことには無理があるかもしれないが、そもそも人間の本性は無難に生きることを拒否する性質のものであるらしく、筆者には思われる。明日が今日と同じように過ぎる、そんな生活が望ましいのであろうが、程度の差こそあれ、日常性から離れた時間/空間がなければ、ひとは生きてゆけない。そして生命に危険が及べば、それだけ非日常の程度は強まる。日常的に、非日常を生きているようなひとびと(レーサーとか冒険家とか)にとっては、より苛酷な条件をみずからに課してゆかざるをえない状況がふだんからあるのであろう。
と、前置きはこのくらいにして、こんかいは谷川岳に行ってきた。この時期は残雪期であり、気象状況の特異な上越国境に位置するこの山は、2000mにわずかに足りない標高の山でありながら、GWを過ぎても多くの雪渓が稜線上にも残っている。
上越線で高崎から水上まで移動する。沼田を過ぎるまでは、まったくふつうの春山にみえたのが、後閑(ごかん)までくると、突如上越国境の山々が望見できる。標高は今までみえた山とさほど変わらないのに、冠雪がすごい。うーむ、あそこを登るのか。。。

谷川岳に登る一般ルートは、群馬県谷川岳登山指導センターによれば、以下に挙げる四つあることになっている。さて、筆者はどのルートを選んだであろうか。
1)天神尾根
2)西黒尾根
3)厳剛新道
4)いわお新道
1321mの天神平までロープウェーで上ってしまう1)を筆者が取るわけはない。2)の西黒尾根が最も正統的なルートだが、こんかいは見送った。ではどのルートから? じつはここには出ていないルートから登ったのである。それは、途中までいわお新道と同じルートを取り、つまり谷川温泉から谷川沿いに二俣まで溯行し、そこから中ゴー尾根を登るというルートである。
どうしてこのルートを選んだか? それは、このルートが最もクラシックなものであること(地元ではふるくから使われていたらしい)、もうひとつは南面であり、しかも上部は痩せ尾根なので、残雪がすくないのではないか、という期待を持っていたことである。そして、それはなかばは当たった。
じつはこのルートで最も危険だったのは、谷川温泉から二俣までの、観光客も登ってくるという渓谷沿いのルートであった@_@ 水上から谷川温泉まで載ったタクシーの運転手さんも、「谷川は増水していて大変らしいですよ」と言っていたのだが、たしかに河原を歩く部分は結構使えず、岸辺の高巻きを余儀なくされる部分がおおかった。それだけでなく・・・
どうも足元が不安定だなあ、と思いながら、両手で木を掴みながら歩いていたら、突然地面が崩落した! 必死で枝を握りしめる筆者。一瞬、宙づりになった。ガイドブックによれば、この道は観光客も来る遊歩道なのだとか。でも、全行程で一番危険な場所はここだった。後続のみなさん、道を崩落させたのはわたくしです。ごめんなさい m(o)m
で、再び河原に降りる。しばらく進んで、そろそろ二俣もちかいかなと思う場所で、増水のために進めない箇所に行き当たった。ううむ・・・高巻きも出来そうもないし、川の中を渡るしかなさそうだ・・・とみると、ちょうど雪渓が川をまたぐように架かっていた。意を決して、そおっと雪渓を渡る・・・5mくらいの距離である・・・雪渓のなかばで崩落した@_@ というわけで、後続のみなさん、あの場所は徒歩で徒渉するしかありません。深いので裸足で渡るしかないですね・・・筆者は登山靴の片方を浸水させました。
谷川の河原からみた谷川連峰。おそらく万太郎山へ向かう尾根か。

で、やっとのことで二俣まで来た。ここまでで1時間半。ずいぶんかかった。

ここからちょっとだけ沢に沿って進み、河原に出てヒツゴー沢を渡り(地図には伏流とあるが、いまの季節はしっかり水流がある)、中ゴー尾根に取りつく。いきなり鷹の死骸があり、プリミティブな雰囲気だ。異様に傾斜が急で、まるで松の木登りをしているような気持ちになる。なにせ、1200mを4kmで登るのだから、当然か。平均傾斜角は30度ちかい計算になる。檜洞丸や大室山で鍛えておいてよかった。。。
しばらく登ると1000mの地点で展望台につく。これは俎嵓(まないたぐら)の幕岩であろう。

1300mを超えると最初の雪渓がある。崩落させないように、慎重にアイゼンを噛ませるが、傾斜が急だと、フラットに足を置いているつもりでも、じゃっかん滑る。ここで筆者はピッケルを持ってこなかったことを悔やむ。万一滑落したら、ピッケルないと止まらないぞ。それにしても、どうして足跡が皆無なのだろう? GW後なのに・・・誰も中ゴー尾根からは登っていないということなのだろうか??
しばらくして完全に道が雪渓に覆われている場所に到達。これは危険だろうが進むしかない。万一の崩落あるいは滑落のときでも、たぶん助かるであろう場所を選んで、慎重に進む。基本的には木の枝が露出している場所を繋いで移動することになる。GW後の谷川岳、当然トレースがあると思っていた筆者の甘い考えは見事に粉砕された。まさかルートファインディングが必要とは・・・
このあたりでようやく天神平が見えてくる。でも、天神尾根に登山者がみえないのは気のせいか?? 誰かひとりくらい人影が見えてもよさそうだが・・・

岩場はほぼ鎖なしで行ける。ガイドブックには「下りに使うのは岩登りの熟練者に限られる」などと書いてあるが、これなら筆者クラスでも下りでいけそうだ。補助ロープはあったほうが楽だろうけれど。
で、1600mを超えると、最初のもくろみ通り、雪渓はほぼ消滅。尾根道をふつうに歩くことになり、アイゼン不要となった。1700mを超えると傾斜はぐっと楽になり、肩の小屋もはっきり見えてくる。
で、ようやく万太郎山への縦走路に合流。ここからはもうまもなく山頂だ。風がつよい。右手から中央にカーブしてゆくのが万太郎山への縦走路である

ようやくあこがれの山頂に辿り着いたのは、出発からちょうど六時間後。まあまあのペースであったと思われる。トマノ耳からオキノ耳を望む。

これで、筆者はほとんど終わったと思ったのだった。あとは天神尾根まで二時間の下山だけ、のはずだった。天神尾根にトレースがないことはまず考えられないからだ。しかし。
熊穴沢の避難小屋まではそこそこ快適な雪稜歩きだった。しかし、そこから後は、延々と尾根の北側をトラバースしてゆく道が、ことごとく雪渓に覆われていたのである。つまり、いつ雪崩れるかもしれない傾いた雪渓を、水平に進んでゆくことになる。滑落は慎重な足運びで避けられても、崩落は時の運である。この季節にあの斜面は崩れないのかもしれないけれども、夏までのどこかで崩落するのであろう。やはり、天神尾根と言えども、残雪期は一般ルートとは言えなかったのである。むしろ、中ゴー尾根のほうが安心して登れた。
天神平ケーブル駅に到達したのは16時30分。「お客さんが最後ですね?」の質問には、はい、そうだと思います、と答える。かくして、この日最後のケーブルの客として、天神平を後にしたのであった。
さて、次のターゲットは・・・