島耕作が社長に出世することは、おそらく最初の構想の時点から決まっていて、読者も彼が部長になった時点で容易に想像することが出来ただろうと思われる。当然の疑問として、社長を退けば次は会長、そしてその次は相談役である。ずっとハツシバ一筋に(筆者は「部長」を読んでいないので知らないのだが、そうなんですよね?)生きてきた彼の性格からすると、ここで退任後あらたにベンチャーを興すとか、他の会社からハンティングされることは考えにくく、順当にそのコースを歩むとみてよいだろう。
島耕作が会長になり相談役になったとして、それをマンガとして描くことはもはやパロディでしかありえない。両方の役職とも、実態はともあれ本来、「業績を上げてはならない」ポジションであり、逆に会長の一声で何かが決まってしまう、それによって会社が救われるということは、全く望ましい事態ではないはずである。そのアポリアに弘兼憲史が手を着けるとは思えないから、誰か描いてくれないだろうか。これらの役職に、秘書に手を付けまくるエロおやじとか、政界や裏社会の黒幕と料亭で会合を繰り返すといったネガティブなイメージしか想像できないのは、筆者が貧困なだけだろうか?
先日の読了
エルヴィン・シュレーディンガー「生命とは何か」岩波文庫 C
分子生物学の誕生のきっかけになった本と言われているが、筆者にはひとつの歴史的な書物としか感じられなかった。つまり、本書がなければワトソン・クリックのDNA二重らせんの発見はなかったか、遅れていただろうか? 筆者にはそうは思えなかったからである。
先日の購入
フランツ・ファノン「革命の社会学」「アフリカ革命に向けて」みすず書房
ジョゼ・サラマーゴ「白の闇」NHK出版
ほんとうに必要なのは、ファノンの四部作を読むより、独立以後のアルジェリアがどのような道を辿ったかなのだが。「独立国になってはみたものの・・・」ということは、なかったのだろうか。