そう、"On The Road"でひとつ指摘しておかなければいけないことがある。主人公=作者のSal Paradiseは、とても異性に憶病である。そして、天性のBeatnicであるDeam Moriarty(これって筆者はシャーロック・ホームズの終生のライバルであるモリアティ教授を連想してしまうのだが、、、もうひとりの登場人物、Carlo Marxはもちろんカール・マルクスであろう)に対する異様なまでの執着は、主人公(たぶん=作者)が同性愛者であったことを示唆する。まったく、この主人公の女性に対するchickenぶりは読んでいて腹が立つ。
さて、こんかい前日泊まりの日帰りで甲武信岳に行ってきた。一般的には日帰り不可能と言われているが、そんなことはない。
新宿22:00発のかいじ121号に乗ると(この電車の始発は新宿ではなく、東京駅である。要注意!)23:27に塩山に到着する。甲州タクシーさんの営業所は、駅の南側にあり、ここの仮眠施設を利用させて頂くことにした。宿泊費も浮くし、また設備も畳八畳くらいの十分な広さがあり、冷蔵庫、布団(筆者は利用しなかった)も完備と大変ありがたいものだが(本日ひとり駅前ベンチで仮眠しているひとがいたそうである)、蚊がいることと光や電話の音で睡眠に適した環境とは言えないことを覚悟してゆく必要がある。一般的にはアイマスクと耳栓の使用を勧めたい。筆者はコンビニでビールを二本買って飲んではみたものの、結局眠れず(甲州タクシーさんの責任では決してない)。
で、三時半にタクシーを予約。西沢渓谷入口に着いたのは四時。工事中でここより先の林道へは入れなかった。さすがに四時ともなればあたりは暗闇なので、ヘッドランプを装着する。谷沿いに軌道跡を登る旧道もあるが、深夜登山なので尾根沿いの徳ちゃん新道を登ることとした。二時間半くらいすると旧道と合流するはずで、その地点が登り行程の半分になるはずである。
四時半頃から徐々に白みはじめ、五時前くらいにはほぼヘッドランプの必要がなくなった。しかし、二時間半経っても旧道との合流地点に到達しない。これは見逃したか、と思っていたら、三時間経過後にいきなり破風山=甲武信岳分岐に出る。えっ! ここは、奥秩父縦走路上に出たことを意味する。ガイドブックや地図では、ここまで五時間かかることになっている。いったいどうなっているんだろう・・・
埼玉出身である筆者が、以前から登ろうと思っていた、埼玉県の最高峰である甲武信岳は、本当に素晴らしい。それは、原生林が手付かずで残っているからである。標高の低いところはクヌギやブナなどの落葉樹林が、そして登山道の中途にはシャクナゲのトンネルが、そして2000mを越えると植林ではない針葉樹林が出現する。埼玉県でここまでの原生林が残っている山は、おそらく甲武信岳とあとは和名倉山(白石山)くらいではないだろうか。
この合流部より程なく甲武信小屋、そして山頂へ着く。時間は朝の八時にもまだなっていない。これなら、前夜泊しなくても、余裕で日帰りできたよ・・・しかし、どうして山頂はあんなにハエのたぐいが多いのであろうか? それだけが唯一の欠点である。おちおちおにぎりも食べられない。
帰りは千曲川(信濃川)源流を訪ねるコースにする予定だったが、時間が予定よりも大幅に余ったために、武信白岩山を経て十文字峠に至るコースに急遽変更した。このルートも原生林に恵まれたコースである。一部に岩稜があるものの、おおむね土と木の根を中心とした登山道であり、所々に倒木が横たわっているという、いかにも奥秩父らしいルートである。この雰囲気は、熊倉山や雲取山では得られないものがあると思う。道は明瞭、指導標完備で、初心者でも迷うことのない道である。ただ、少々体力を要するかもしれない。一般的に一泊が無難なのだろう。
結局、バスの起点である梓山に着いたのは、十二時四十分。予定よりも一便早いバスに乗ることができた。でも、東京着は、五時を回るのではあるが。
昨日の読了
小田実「HIROSHIMA」講談社文芸文庫 B
単一の主人公を持たず、ネイティブ・インディアンや黒人、そしてもちろん日本人という、アメリカ社会におけるマイノリティを登場させ、彼らが彼らなりの立場で原爆投下に関与していた、ことを描く作品と言っていいのだろうか? 小田はそれらマイノリティも尊重すべきだという立場を、政治的のみならず、作品の内部でも示していると思われるから、そう読んでしまうのはちょっとアイロニカルに過ぎるかもしれない。しかし・・・原爆が製造され実験され実用に供されるに至った過程で、それに関与した人間の数は膨大で、しかも生活上の必要から、心ならずも(いや、多くは原爆が何かという認識すらなく)それに関与してしまったことを、果たして責めうる道義的に潔白な人間は存在するのだろうか? 悪にも、その悪によって生計を立てている人間は存在し、その悪を潰すことによって取り残されるひとびとに適切な補償を行う、という政策を取るには、その悪(例えば自衛隊とかね)はあまりに巨大過ぎるようにも思われるのだが(たとえば、憲法第九条に従い、自衛隊を解散し、災害救助および海外平和医事活動派遣部隊のみに縮小し、国内の軍需産業をすべて潰すとして、それによって失われる雇用を創出することなど、ほんとうにできるのだろうか?)。