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不運な山行

 先日は、初心者が一緒だったので、谷川岳の西黒尾根から登り、天神尾根からロープウェイを使って降りる、という軟弱コースだった。ロープウェイがあるため、若者の姿が多くみかけられたが(なんかちょっと違う気が・・・)、驚いたのは、登山ウェアに身を固めた(この暑いのに例によってスパッツまで付けていた)若い女性ハイカーが、アイラインを書きマスカラをつけていたことだ。いくら性能がよくなってきていると言っても、多量に汗をかけば剥がれてくるって・・・。そういうひとはたとえば谷川岳ならばロープウェイ以外のコースを登ることは眼中にないのであろう。今までナチュラルメイクの女性登山者しかみたことがなかった筆者には目からうろこ(というのか??)であった。

 さて、今回は、季節列車のムーンライト信州を使って、奥秩父の金峰山・瑞牆山への夜行日帰りプランを考えていた。が、さまざまな不運と失敗によって果たせなかった。
 甲府の駅に2時過ぎに着き、そこで昇仙峡の先、黒平の甲府市の森林浴広場へタクシーで向かうはずだった。が、運転手共々林道を間違え、かなり手前から支線へ入ってしまう。また、ここの広場からさらに林道を通って、登山道の取り付きにはいる部分が分かりにくい。その入口以外には一切道標などはない。結局、せっかく朝四時過ぎに着いていながら、この登山道からの出発は朝の九時。まったく夜行で行った意味がなくなってしまった。おまけにこの林道での彷徨の最中、デジカメを壊してしまう。ので、今回は写真はケータイのみ(まだ落としていない。そもそも、甲武信の写真もまだ現像していない。。)

 この黒平コース、登山地図には実戦で記載されているが、尾根への取り付きが終わって防火線へ出てみると、いきなり踏み跡は消滅。ヤブを漕ぎながら地図とコンパスを取りだす。結局、地図に記載してあるコースとは異なった場所を歩いたようだが、途中で薄い踏み跡へ合流。どこへ向かっているかわからないので、とりあえず北=金峰山の方向へ向かっていることを確認しつつ歩いた。地形がちょっと複雑なので、途中からどこを歩いているのか不明瞭になってしまったのだが・・・

 1770付近で林道と交錯するが、この南東から北西へ向かう道は舗装こそされていないが、クルマも通れるりっぱなものである。この林道をさらに南東に追うと歩いてきた林道に接続されているので、道を追う上でよいメルクマールとなると思われる。しかし、歩いていた筆者は、この林道とクロスした時点での場所がわからなかった、というのは、恥ずかしい話である。

 1692付近を走る登山道は、この1770ちかくで新たに北東へ向かっている登山道に接続し(つまり筆者が歩いてきた登山道だ)、地図によるとここから谷沿いに上向し、しばらくトラバースを経た後、神子ノ沢を横切るが、この付近からは道は明瞭になる。しかし、突然マーキングが途切れ、道を追うことが出来なくなる。しかし、諦めずに歩いていると、いつしかマーキングの続きを発見して、明瞭な登山道を追うことが出来る。ここからまもなく水晶峠である
。じつは、筆者はこの時点で水晶峠はとっくに通過していると思い込んでいたため、たいそうびっくりした。

 水晶峠からは御室川(青線で書いてあるが枯れ沢である)沿いにしばらく上行し、ほどなく市営の御室小屋に着く。無人の避難小屋のようだが、荒れていて使用はむずかしそうだ。ここまで林道から登山道への取り付きから二時間ほどである。しかし、繰り返すが2万5000分の1地図と、コンパスは必須である。

gojo.jpg

 ここからなぜか登山地図では破線で書かれている。ルートの辿りにくさ(一部はもう道形すらわからない)から言えば、当然ここより前も破線で書かれるべきである。さて、ここからの1/25,000地図の等高線の詰まり具合をみてみよう。等高線から想像できるくらいの急登である。筆者が今まで経験した二大急登は丹沢の大室山カヤノ尾根(北東尾根)と谷川岳の中ゴー尾根であるが、この金峰山の南尾根(黒平方面)はその二つに匹敵する急登である。しかもこの尾根のよいところは、随所に岩場や鎖、梯子があってスリリングなこと、さらに所々で金峰山頂上の五丈岩が望見でき(これは他のコースではだめなはず)、また県境尾根や辿ってきた黒平方面の展望もよいこと、である。結論からいえば、金峰山へ登るならぜひこの尾根からの登山をお勧めしたい。ほかのコースに比べて、やや時間と体力を消費することが若干の欠点ではあるが(筆者は荒川沿いの黒平町の集落、1100地点から歩いたことになるため、標高差1400mを登ったことになる。標高1200mと書いてある森林浴広場まではタクシーで上がれるため(夜間割増運賃で甲府駅から約10,000円)そこからなら1300m差である)黒平小屋からのあの二時間を経験するだけでも価値がある。

ogawa.jpg

 林道で余計な五時間を消費したため、瑞牆山は諦めざるをえなかった。大日岩経由での下山時刻が16時、ここからタクシーを呼んだところ、「50分かかります」(!)と言われて眼を丸くした。たまたま、瑞牆山荘で翌日の登山までゆっくりしていた関西からの二人組のおじさんが話し相手になってくれたので、ビールを飲みながら登山談義に興じ、幸い退屈せずに済んだ。クルマで両神山へ行くということで、コースを聞かれたので、上落合橋から循環コースが取れますよ、雲取山ならば三条の湯や鴨沢は避けて、日原にクルマを置けば富田新道〜長沢背稜のコースがいいですよ、とアドバイスした。下山したときに「大弛からですか?」と聞かれたので、「いやあ(標高2360mの)大弛からでは登山になりませんから」と答えたら、大きく頷かれた。百名山ブームのためか、メジャーな山にどんどん楽な登山ルートが開拓され(利尻岳のように構造上不可能なところもあるが)、楽なルートがメジャーなルートになっているのを聞くと(ひょっとしたら金峰山も大弛からが最多!?)、所詮ブームなどそんなものだろう、と思う。こんかいの黒平ルートのように、一番よいルート(だとおもう)でありながら、ほとんど登られていない好ルート、好山岳がたくさんあるのだろう。

 瑞牆山を省いてしまったので、次回は信濃川上から小川山を経て瑞牆山に達するルートを選択することになろう。

 「日本百名山」では、深田氏はこのクラシックルート(信仰登山の参道であったとのこと)を登っているようだ。今では足跡もまれで、「きっすいの百名山めぐりをする人」くらいしか登らないそうだ。もったいない話である。

 ぎゃくにいえば、「日本百名山」はやはり名著なのかもしれない。きっと読んでいない人間がわるいだけなのだ。

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2008年07月26日 13:24に投稿されたエントリーのページです。

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