「民主圧勝、自民惨敗」と報じられている今回の都議選、みるべきところは別にある。それは、ひとつは共産党、社民党(ゼロ議席のままとなった)、そして地域政党である生活者ネットワークが議席を減らしたことと、もうひとつは公明党が一議席増となったこと、である。
自民の票がほとんど民主に流れた結果といえるが、それならば民主と共闘したはずの生活者ネットワークのこの結果は、どう見るべきなのか。そもそも、生活者ネットワークの実績はさておき、理念的には、このような「地域政党」はそれなりの候補者を送り込み、一定の力は持つべきであると考える。それほど実績のない民主党に、これだけの票が流れ込んでいる理由を熟考するべきだろう。
一部の報道では、「自公与党が惨敗」とあったが、それはまちがいであることに留意すべきだ。惨敗したのは自民党のみであり、公明党は候補全員を当選させているのである。このことが意味することをよく考えるべきだ。
反面、筆者にとっては共産党の存在は日本を害するものとしか思えなくなっている。当選可能性のない選挙区への候補者の意味のない擁立が、結果的に誰を利することになるのか、関係者は猛省すべきである。理念よりも優先させるべきことが他にあろう。そのような独善的な姿勢が支持を無くしていくのである(臓器移植法で党議拘束をかけようとするなど、政党としての姿勢に疑問な点もすくなくはない。宗教団体を母体とする公明党すら党議拘束は最初からかけなかったことを思い起こされたい)。
ところで、幸福実現党の創立者(現党首は大川きょう子氏)である大川隆法氏が書いた「新・日本国憲法試案」を<<まじめに>>読まれたかたはいるだろうか。筆者は、大爆笑してしまった。引用しよう。
『第十条 国民には機会の平等と、法律に反しない範囲でのあらゆる自由を保障する。』
この条文、どこかで目に触れた機会はなかっただろうか。筆者は、ある国にかつて存在した憲法の条文を連想したが、皆様はいかがだろうか。それも、引用してみよう。
『第19条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
第20条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ兵役ノ義務ヲ有ス
第21条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス
第22条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
第23条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
第24条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ
第25条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ
第26条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
第27条 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
2 公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
第28条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
第29条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス
第30条 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得』
なんのことはない、法律で定めれば、国民の権利を制限することができる、ということである。要するに、本憲法草案では、「いかなる権力のもとでも最低限守られるべき人権」についての記載がない、ということである。
本草案を作った大川氏は東大法学部の出身であり、憲法についていいかげんな理解をしているとは思えない。ということは、これは確信犯である、と考えざるを得ない。この党が万が一政権を取ったら、と考えると、背筋が寒くなる・・・