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トムラウシ遭難その後(2)

 事件の推移については、十勝毎日新聞が詳しい。また、個人のサイトとしてはこちらがまとまっているようである。しかし、いずれも筆者の疑問に答えてくれるものではない。筆者が知りたいのは

1)どのような装備を持っていったら助かったのか
2)ガイド付き登山という形態そのものに問題はないのか

の二点である。

そして、現在、「トムラウシに避難小屋を新設しろ」という声がしだいに高まっているようだ。この点については、それ以前にやることがあるんじゃないの、という気がする。ひとつは、旅行会社のツアーに代表されるような安易な登山形態と、その根本にある「百名山ブーム」という社会現象であり、第二点は自然保護との兼ね合いである。「小屋がないから小屋を建てろ」というよりは、「小屋がなくても自力で対応できる人だけ来てね」というほうが、地域によってはより適切ではないだろうか。そして、新得町の職員の中にも、「安易に軽装で登る人間が増えるだけ」という慎重論もある由、納得できる。ツアー登山にせよ、避難小屋新設にせよ、需要があるから供給も用意しなくてはならない、あるいはそこにビジネスが生まれる(登山ブームに関しては、供給側がブームを巻き起こした可能性もありえよう)という、資本主義社会に特有の論理によって、人間が入り自然が破壊されてゆく、という繰り返されるプロセス。

 筆者の理解では、避難小屋の意味は、文字通りの緊急避難の場所、というものと、テント泊を禁止した代替処置、というものである。たとえば、飯豊、丹沢、奥多摩、谷川連峰などでは、原則テント泊は禁止されている。自然破壊を防ぐ意味である。トムラウシに避難小屋を置く意味は、前者に限られる。トムラウシに登る登山者の多くがトムラウシ温泉からのピストンを選択するからである。たとえば、前トム平あたりに避難小屋が出来たら、どういうことが起こるだろうか? あまり想像したくない。

 筆者の発言はエリート主義、差別主義のようにみえるだろうが、たとえば筆者とて、「ヘルメットが必要な山」(たとえばあさま山荘とか)にはまだ登れない。一生登れないかもしれない。それに必要な技量を習得しない限り、しょうがないのである。

 ところで、ツアー会社のガイド、衛星携帯はおろか、無線機すら持っていないとは、どういうことだろうか? 「本気で事故に対処する気はないのね」と思われても、しょうがない装備の貧弱さであろう。そういう会社のツアーに応募したひとびとも気の毒だが、そもそもツアー登山がいけない、というのが、筆者の一貫した考えである。


 CDをまた買ってしまった。

Buffalo Springfield "Buffalo Springfield" "Last Time Around"
Phish "Slip Stitch and Pass" "Round Room"
Johnny Winter "Johnny Winter" "Live Jonny Winter And"
Joni Mitchell "Blue"

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2009年07月26日 15:55に投稿されたエントリーのページです。

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