筆者は、タバコを巡る「議論」には興味がない。その理由は、過程はどうあれ、タバコは将来法律で禁止されるか、高額な税金を課せられた上で、路上を含む公的空間での喫煙禁止の方向へ進むのは必然であると考えているからである。要するにその嗜癖性・依存性は覚せい剤や麻薬と同等であり、国家によってパターナリステックに禁止されなくてはならないものである。
「禁煙ファシズム」という論議は、目的が酒井法子と同等の、薬物中毒者の擁護にある以上は、無効であり有害である。繰り返すが、喫煙者と酒井法子・押尾学は同レベルと筆者は考えている。その他の面では素晴らしい才能や知性を発揮するひとたちが、ひとえにタバコの話になると単なる中毒者となってしまうのは、嘆かわしいというより、人間はあくまで病態薬理的動物であるという厳然たる事実を示すものであろう。筆者は反省なくラリっている人間の相手は、職業上のものであろうとしたくない。イギリスのように医師に喫煙者の治療拒否ができるような時代に早くなって欲しいものである。
大麻については、許可されるとしても、副作用(大量摂取のためであろう)による犯罪が発生している事実からは、オランダのように政府によって管理されたかたちでのものになるだろうから、あまり面白くはない。
(本件に関してのコメントは受け付けません。あしからず)
最近の読了
塩川伸明「民族とナショナリズム」岩波新書 C
あまり集中して読めていないのだが・・・群盲象をなでる印象の本である。もっとも、大著であった大澤真幸の本でさえ、総花的なものであったのだから、仕方ないだろうか。
アルコールについて補足。アルコールは、「少量の摂取はむしろ健康に有益」「飲食店以外の公共の場での摂取は社会通念上ほぼ禁止されている(まれに電車や路上で飲酒しているのをみかけなくはないが・・)」そして、「中毒者になるかならないかは、本人の意思よりは体質に依存する」といった、タバコと同列には並べられない特徴を持っている。
このような物質に対しては、全面禁止ではなく「中毒になりそうな/なっている人間」を早期発見して治療(禁酒)にあたらせるしかないだろう。また、急性アル中を作り出すような悪しき社会的習慣は、法的に(罰金や懲役刑で)廃絶させるべきであろう。慢性アル中患者は強力にすくい上げ、治療を施すとともに、急性中毒者に対しては罰則を制定するのがよいだろう。
「急性は留置所へ、慢性は病院へ」