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      <title>よむ・きく・あるく</title>
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      <description>筆者の陳腐さについてだらだらと述べるblogです</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>文学とは何か</title>
         <description><![CDATA[　もっと早く読んでおけばよかった、と思った本の一冊。

最近の読了
　テリー・イーグルトン「文学とは何か」岩波文庫　Ａ

　この評価はＳに近いＡである。概説であるので、つまりイーグルトン自身の独創性を強く打ち出した本ではないのでＡ評価としたが、ここでのイーグルトンの指摘に筆者はがーんと頭を殴られたように感じた。
　さて、本書は筒井康隆「文学部唯野教授」のタネ本のひとつということになっている。ので、読まれた方も多いと思うのだが、手っ取り早く1980年前後の、そして第二版の「あとがき」を入れれば1990年前後の現代思想の手っ取り早い概観図となっている。なぜ文学に現代思想の導入が必要になったのか、という歴史的経緯についてもしっかり触れられている。
　内容についてはラカンの評価が異様に高いこと、そしてこれは文学評論との絡みなのかもしれないがまちがいなく1945年以降に登場した思想家の中での最大の存在であるミシェル・フーコーについてはあまり触れられていないこと、そしてイーグルトンのラカン読解が正しいものであるか、筆者には判定不能であること（他人のラカン理解にこれだけ大きな差がある、ということは、ラカンなるものは単なる大きな空虚なのではないだろうか？）などの問題はあるのだが、これ一冊でかなり深い理解とパースペクティブが得られる意味はきわめて大きい。
　さらに触れておけば、訳者の大橋洋一教授（このひとは唯野教授のモデルとも言われている）の翻訳の正確さ、そして解説の的確さにも感服させられる。
　さて、では筆者がショックを受けた箇所についてちょっとだけ触れよう。それは、ラディカル（リベラル）・デモクラシーを標榜するひとびとに対する批判である。かいつまんで要約すれば、

　「リベラルを標榜する人間は、他人の意見を受け入れ、それで自分の意見を<<改良>>してゆくことを厭わない。それは称賛すべき姿勢に見えるかもしれないが、そうではない。なぜならそれだけ可塑性を持った自己というものは、単なる空虚な存在に過ぎないからである」

　筆者は、デモクラシーが実現されるためには、ハーバーマス的な「自由な討議」が持たれ、それによって意見のすり合わせ・・・これは、最大公約数を採る、という意味ではなく、他人の意見の優れたところを認めあい、自分の意見を修正することを各人が進んで行う、という意味である・・・が生じ、その結果として最良と思われる案が採択される、というプロセスが必要であると考えていた。そしてデモクラシーにおいては、説得能力よりも被説得能力が重要である、と信じていた。
　しかし、確かにイーグルトンが言うように、「説得不可能な核」を持っていることは人間にとって必要であるようにも思われる。そして、確かに容易に説得されるような自己とは、最初からどうでもよいような自己だ、という指摘は的を得ているように思われる。筆者にとっては、デモクラシーをどのように実現すべきか、という方法論に対して、難問がひとつ増えてしまったように感じている。
　思うに、経済政策上の「新自由主義」と北欧流「社会民主主義」という思想の流れに、正しい解は一見あるようにも、ないようにも思われる。しかし、筆者の信条として言うならば、「全体のパイが大きくなれば配分的な正義が実現されるよりも、すべての国民は経済的な恩恵を得られる」と主張する前者の意見はまやかしであり、そうではなく強者の理論であって分配的正義の実現がまずなされるべきである、という考えが倫理的にも正しく、そうすべきだと考えている。そして、それが説得によって覆るとも考えていない。すると、やはり自分自身も被説得不可能であることは認めざるを得ない。

　難しい問題である。]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">読書</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 01 Feb 2012 21:57:00 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>体力はどれくらいついたのか？</title>
         <description>　去年のマラソン以来、体調の優れない日が続いている。さすがに完全回復していないのに笊ヶ岳はかなり響いたらしく、それ以後気管支炎になって咳と痰が取れない日々が続いていた。乾燥のせいもあったと思われる。で、いつまでも療養していてもはじまらないと思って、軽いトレーニングをしてこようと思い立った。例の「大山ナントレ」コースである。

　小田急線から見る丹沢は冠雪している。トレランシューズしか履いてきていないし、どちらにせよ山頂までは上がらないと思っていたので予定通り行くことにする。秦野の駅に着いたのが9:37だから、その十分後くらいから歩き始めているだろうか？　高取山、あるいは蓑毛分岐で引き返すはずだったのだが、やっぱり眼前に大山を見てしまっては引き返せない。結局周りがみな軽アイゼンを着けている中でそのまま登頂。13:00くらいに着いているから3時間強、二年前より若干短縮されているもよう。

　そこから雪の登山道を滑らないように慎重に引き返す。結局登山者のすくない蓑毛コースがいちばん安全そうだったのでそちらへ降りる。弘法の里湯に着いたのはほとんど16時ちかくだったので、前回よりは若干時間がかかっている。雪であったことを考慮してもあまり二年間で体力的には向上していないような気がする。じっさいにはどうなのだろう？</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">登山</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 28 Jan 2012 19:55:00 +0900</pubDate>
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         <title>カール・ポランニー再訪</title>
         <description>　ポランニーの名前は栗本慎一郎を通じてかなり早い時期から知ってはいたのだが。また、ハイエクの「隷従への道」とほとんど内容が正反対であった「大転換」も興味深い著作ではあったのだが。

最近の読了
　カール・ポランニー「経済と文明」「文明の経済史」いずれもちくま学芸文庫
　　共にＢ２

　Ｂ２，というのは、ポランニーの（経済）思想をある程度知っていれば特に驚きの要素はないというだけのことであって、カール・ポランニーの著作全体への評価ということになれば、必読という意味ではＡとなるだろうか。

　「経済と文明」のほうは、「大転換」に匹敵する大論文であって、アフリカ・ダホメ王国が行った奴隷貿易（今や、黒人奴隷とは、アフリカ人が西洋人に「積極的に」輸出していた「商品」だということは、かなり広く知られていよう）における取引の実態から、通貨とは何かを考察した著作である。ポランニーによれば、通貨というものは、少なくとも四種類の役割を果たしていた。それは、1)尺度としての貨幣（ある物品が、貨幣何枚に相当するか、という基準）　2)価値を保蔵する手段としての貨幣（今なら銀行へ預金したり株・不動産を買うという手段もあるが）　3)支払い手段としての貨幣　4)交換を促進する手段としての貨幣（等価値の物々交換以外の方法が可能になる）　ということだが、現代の通貨がこのすべての働きを持っているのに対して、古代の通貨はこれらにそれぞれ別々の種類を当てていた。それを、ポランニーは無知からではなく、ある意図を持ってそういうシステムが貫かれていると考えた。そこから、近代の市場というシステムが互酬性(reciprocal)を持った交換に必須のものではないという考えが生まれてくる。
　筆者のみかたでは、ポランニーは資本主義の当然の帰結として市場万能主義があって、それは最終的に民主主義を破壊してゆくものだと考えていたように思われる。そしてそれを立証するためには、まず現代における貨幣や市場が社会にとって必須のものではないことを証明してみせる必要があった。その一例としてダホメを取り上げたように思われるのである。

　そして、今の文章の前段および後段の部分を補強する、あるいは論証するために書かれた論文を収めたのが「経済の文明史」である。そうしてその結果、「大転換」の時点では資本主義に代わって民主主義を実現してくれるシステムとして彼は社会主義を支持したわけであるが、彼はマルキストではないから、北欧型の社会民主主義も彼が想定したひとつの社会のありかたであるように思われる。しかし、ハイエクのあり方とポランニーの主張は二律背反ではない。北欧型社会主義においても、「大きい政府」を排するためにより地域に密着した単位での福祉のあり方も追求できるだろうし、その場合NPOといった民間の力を活用することは当然視野に入ってくる。ハイエクが「隷従への道」を書いた時点では、ブロック経済が欧州では主流であったことに留意する必要がある。公共事業の効率の悪さは、「小さな政府」とせずともシステムを慎重に練り上げることで回避可能なのではないか。

　いずれにせよ、ポランニーのような根源的な思考のあり方は、混迷の時代に適切に舵を取るためには是非とも必要なものである。筆者には、小泉/竹中流の規制撤廃/市場万能主義がこれからの日本を成長させるとは到底思えない。むしろ、互酬性や平等・安心というキーワードを主に、あるべき社会を構築していったほうがいいのではなかろうか。</description>
         <link>http://out-of-date.info/blog/archives/entry/2012/001583.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">読書</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 15:07:00 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>厳冬期笊ヶ岳再訪（４）</title>
         <description><![CDATA[　たぶんこれであっていると思うのだが。

<a href="http://out-of-date.info/blog/images/FromZaru1.jpg"><img alt="FromZaru1.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/FromZaru1-thumb.jpg" width="480" height="32" /></a>
]]></description>
         <link>http://out-of-date.info/blog/archives/entry/2012/001582.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">登山</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 19 Jan 2012 13:39:04 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>厳冬期笊ヶ岳再訪（３）</title>
         <description><![CDATA[　予定では笹山まで縦走のはずであったが、諸般の事情にてルートを変更した。ここから帰るとなると、1000人中999人、いや10000人中9999人は新倉に降りるルートを選ぶであろうが（もちろん別当代山から湯島へ降りるルートとかはあるけれども）、あえて二軒小屋に降りるという選択肢を選んだ。この時期、もちろん東俣林道に東海フォレストや井川観光協会のバスは通っていない。

　では、どうするのか？　正解は、

　林　道　を　歩　く

　のである。

　二軒小屋に降りて、東俣林道をしばらく歩くと、「沼平ゲートより25km」の標識がある。寸又川左側林道が40km強だから、それに比べると軽いと思って耐えるしかない。しかもこちらは下りである。二軒小屋から椹島まで三時間、椹島から赤石ダムまで一時間、赤石ダムから青薙山登山口まで二時間、青薙山登山口から畑薙第一ダムまで二時間の道のりを黙々と歩く。畑薙第一ダムに設置してある公衆電話が何とカード専用式であることは特記すべきだろう。NTTさんには早急にコインも使える機種に取り換えて頂きたい。

　このあと、何が起こったのかはまたいずれ述べる機会があるであろう。たぶん、このblogを読んでくださっている方々の中でも、誰もやったことがないと思われる、沼平ゲート〜二軒小屋の厳冬期漫歩であった。

　東俣林道から赤石岳

<img alt="SDIM0024.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0024.jpg" width="480" height="320" />

　赤石ダムから上河内岳

<img alt="SDIM0029.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0029.jpg" width="480" height="320" />

]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">登山</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 20:18:00 +0900</pubDate>
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         <title>厳冬期笊ヶ岳再訪（２）</title>
         <description><![CDATA[　テントの中は温度計では0度くらいなのだが、実際にはもう少し下がっていたようだ。テントの内張は完全に氷結していた。それほど急ぐ旅ではないと思いつつ、七時くらいには出発する。昨日のダメージと、十分に睡眠が取れなかったこともあって、あまり進まない。九時過ぎに待望の山頂に立つ。さすがに典型的な冬型の天気図で、文字通り雲一つない快晴。地蔵ヶ岳のオベリスクから光岳に至る南アルプス全山が綺麗に見える。

<img alt="SDIM0005.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0005.jpg" width="480" height="320" />

<img alt="SDIM0010.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0010.jpg" width="480" height="320" />

<img alt="SDIM0009.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0009.jpg" width="480" height="320" />

<img alt="SDIM0008.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0008.jpg" width="480" height="320" />

<img alt="SDIM0007_2.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0007_2.jpg" width="480" height="320" />

<img alt="SDIM0006.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM0006.jpg" width="480" height="320" />

　ここからは原生林の中をゆっくり下って、ガレの縁を200mほど登ってゆく。登り着いたところから直進せずに左へ旋回してゆくが、まちがえて直進してもヤブの中で道はないからすぐに気付くだろう。左（西）方向へ少し登れば生木割である。ここにはCATVの施設があり、頂上は平坦だからテントが張れる。

　ここからは緩く登りと下りを繰り返し、展望のよい2430mピークで東北東へ向かう。そして鞍部から長いトラバース道に入るが、ここは特に積雪期には注意すべきだ。１メートルくらいの積雪があるなら尾根を歩いてしまったほうがいいかもしれない。この部分的に歩きづらいところもあるトラバースを終えると稜線に戻り、ほどなく古い林道に出る。ここ、地形図では稜線上を歩くように書かれているが、ルートはこの林道のようだ。やがて下から来た状態のよい林道に合すると、伝付峠である。意外なことにここにも誰もいなかった。水場の脇の広場にテントを張る。]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">登山</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 18:39:00 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>厳冬期笊ヶ岳再訪（１）</title>
         <description>　昨年、二月の末にランカン尾根から初登頂を果たした笊ヶ岳に、最も代表的な登山道である雨畑ルートから登ってきた。

　一昨年末に奥秩父・和名倉山から将監峠〜飛竜山に登った際には、ワカンは必要ないものの、登山靴がざっくり埋まってスパッツが必要なほどの積雪があった。今回はロケーションや季節から奥秩父と同等くらいの積雪を予想して行ったので、ワカンは持参しなかった。一日目に布引山に上がって、二日目に伝付峠まで抜けようという計画である。

　幸か不幸か、身延〜奈良田の山梨交通バスは昨年12月31日をもって廃止になってしまった。そのかわり、早川町による代行バスが運行することになった。それに伴い、今まで便のよくなかった大島〜雨畑の乗り合いタクシーも、身延〜奈良田のバス便に接続するようになった（要予約）。そこで、公共交通機関を使って（さいきん、自家用車がなければ登山ができないような風潮がいろいろなところではびこっているが、登山という自然を愛するスポーツをするなら、可能な限り自家用車の使用は避けるべきだろう、というのが筆者の考え方である。もちろん、筆者じしんクルマの運転をしないという事情もあるが、それでもできる限りタクシーの使用は避けたいと思っている）馬場（ばんば）まで移動することが可能だ。8:10という、何とかぎりぎり実用時間に到着できる。

　そこから老平を経て、沢沿いの林道を歩いてゆく。林道の最後のところで道が二岐に分かれ、どちらを行くべきか標識上ははっきりしないが、右の道をゆくと、まもなく登山路にさしかかる。
　ここの沢沿いの登山路が台風で落ちているために、早川町は公式には登山禁止にしているのか、と想像していたのだが、ここは問題なく通れる。しかし、である。ここは何箇所か崖側から水が流れている箇所があって、そこが冬季だと凍結している。あきらかに一箇所アイゼンを付けないと歩けない箇所がある。じつはこの沢沿いの平坦なへつりが最も危険な箇所であった。

　広河原の徒渉も、ポイントを替えて靴のまま渡る。マーキングのところはやはり凍結していて渡りにくく、多少下流へ移動したほうが安全である。広河原到着が10:40頃で、無雪期ならともかく積雪期に布引山まで歩くのは少々厳しく、桧横手山あたりでの幕営も考えた。この後は水場は存在しないため、翌日分も含めて8Lほどの水を背負う。いざ勝負である。

　雪は非常に少なくスパッツ装用は不要であった。しかしあの尾根を登った、あるいは下ったことがある方ならわかると思うが、ここは劇坂が最後まで続くコースである。途中、積雪がやや増えて、斜面を上がるのに労力が必要になってから、一部分アイゼンを履いて歩くことにした。所々にワイヤーが散乱した跡あり。カラマツの植林も一部みられるが、ほぼ自然林の尾根である。標高1600mくらいからは針葉樹中心の林となってゆく。右手にランカン尾根を看つつひたすら登る。この尾根は男らしいというか、ほとんど下りがなく、登り返しがないために気分は楽である。桧横手山に到着したのは15時前であった。これなら布引山までは水平距離にして1.5kmほど、通常なら二時間くらいで着くはずである・・・が、まだ標高差は500mを余しているのである。しかし、期待したような、積雪によるテント適地はなく、上に登る以外の選択肢は考えられなかった。

　ここから2264m尾根に合流するまでがこの雨畑ルート中最も傾斜がきつい箇所である。しかし、特に合流直前の標高差100mほど、尾根のかたちが明瞭でない場所が最もきついのだが、ここはジグザグに道が切ってあり、地形図を見てのけ反るほどの急登ではない。ランカン尾根から登ってこの尾根を降りた時には、当然ながら雪のためこの道は見えず、「こんな急なところを下るのか！」と驚愕しつつ、文字通り転げ落ちたものであるが、そういう驚愕はこんかいはなかった。

　ここを過ぎて尾根に合流してからは登りの傾斜は緩み、やがて布引ガレが出てくる。こうなると占めたものだが、もう日は落ちて残照と月明かりで登るようになると、不意に頂上が現れる。午後六時を回ってしまった。予想はしていたが頂上には先客はだれもおらず。テントを張り終えたが風もなくしんとした夜であった。</description>
         <link>http://out-of-date.info/blog/archives/entry/2012/001579.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">登山</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 17:18:00 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>新年？</title>
         <description><![CDATA[　あまりおめでたくも思えないので、年始の挨拶なるものは御遠慮させて頂いている。そのようなメリハリのない気分ではいけないのかもしれないが、このところの体調不良で体重も増加し、また運動が出来ていない。マラソンの後、どうも抵抗力が落ちた状態が長期間続いている。

　マラソン後、まだどの山にも行けていなかった。年末の休みはずっと家で休養、まだ咳が抜けず微熱もあるもようだが（結核！？）二日にようやく日帰りで登山に行ってきた。東日原からタワ尾根を経由し、天祖山から降りてくるという周回コースで、特別コースについて何も述べる必要はなかろうと思われる。

　ウトウノ頭に二枚の標識があったので、写真に撮ってきた。一枚目は陶板である。

<img alt="SDIM3419.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM3419.jpg" width="480" height="320" />

　筆者の関心は、誰がこのような力作を作ったのかであるので、裏を見る。

<img alt="SDIM3420.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM3420.jpg" width="480" height="320" />

　G.Yagi氏の作品であったようだ。では、もう一枚の木版のほうはどうか。

<img alt="SDIM3415.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM3415.jpg" width="480" height="320" />

　これも、タンに木版に色を塗っただけのものではない。れっきとした彫刻である。して、このような力作を作った御仁は・・・

<img alt="SDIM3417.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM3417.jpg" width="480" height="320" />

　何と、「鵜藤」さんであった。このような思い入れを持って木版を製作した動機が伺える。

　では、最後に、滝谷ノ峰ヘリポートからの天祖山。

<img alt="SDIM3421.jpg" src="http://out-of-date.info/blog/images/SDIM3421.jpg" width="480" height="320" />

]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">登山</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 03 Jan 2012 13:50:00 +0900</pubDate>
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         <title>皮膚炎（２）</title>
         <description>　その後、金属アレルギーを疑って、パッチテストを受けてみたが陰性。パッチテストは金属アレルギーでは必ずしも陽性にはならないが、可能性は低いとみてよさそうだ。

　本日、USバイオテック社に依頼していた食物IgG抗体の結果が返ってきた。驚いたことに、乳製品全般と卵（卵白、卵黄）に非常に高度のIgG抗体が認められた。これが皮膚炎の原因とは即断できないが、ホエイプロテインなぞまさにアレルゲンの固まりというわけだ。

　とりあえずの対策として、
1)卵およびそれが含まれている菓子などは全面禁止
2)プロテインは大豆へ戻す
3)自家製カスピ海ヨーグルトもやめるしかない・・・チーズも禁止
4)豆乳買ってきて飲みます

　抗体価が下がってくれば症状も出にくくなるだろうが、基本的には避けておいたほうが無難だろうなあ。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">医療</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 23 Dec 2011 17:20:04 +0900</pubDate>
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         <title>NHK紅白歌合戦</title>
         <description>　人選がPCすぎて気持ちが悪い、と感ずるのは筆者だけだろうか。

　どうせ見ないから関係ないけど。そもそも正月番組などつまらなくて観る気になれない。金正日もお亡くなりになったことだし、やっぱり山へ行ったり読書をしたりして有意義に過ごしたい。</description>
         <link>http://out-of-date.info/blog/archives/entry/2011/001576.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">時事</category>
        
        
         <pubDate>Wed, 21 Dec 2011 11:57:48 +0900</pubDate>
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         <title>危機の二十年</title>
         <description><![CDATA[　わたくしが書評を書くときの基準として採用しているのは以下のようなものだ。基本的にはAからCまでの評価を与える。論理構成が破綻しているもの、結論に納得できるかどうかではなく（筆者は結論に賛成できるかどうかで評価を変えていない）結論に至る筋道が理解不能なものなどにはDをつけている。タンによい本であるかどうかを超えて、「世界観を変えてしまう」ほどインパクトのあるものにはSを与えている。
　例えば、『ディスタンクシオン』は、文化や教育の持つ優れて権力的、政治的側面を浮き彫りにしてくれるし、『ラディカル・オーラル・ヒストリー』は、他者を理解するために必要不可欠の実践について示唆してくれる。そのような本は「悪書」とか「子供に読ませたくない本」という仮面をまとっていることがあり、「ものぐさ精神分析」「パンツを履いたサル」あるいは「家畜人ヤプー」なんてのはそういう香りのする本である。
　では、表題の本は、どうか。

最近の読了
　E.H.カー「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4003402219/ref=as_li_qf_sp_asin_tl?ie=UTF8&tag=daepodong-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4003402219">危機の二十年――理想と現実</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=daepodong-22&l=as2&o=9&a=4003402219" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」（新訳）岩波文庫　Ｓ

　久しぶりに与えるＳ評価である。本書は「世界観を変える」インパクトはないかもしれず、そういう意味では少々甘い評価なのかもしれないが、本書で示される現状分析および国際政治学におけるユートピアニズムとリアリズムの検討は、そのジャンルのみに留まらず、現代社会を正確に捉え、そして判断する上で大きな示唆をあたえてくれるものになっている。

　筆者が特に感銘を覚えたのは、大戦後にもかかわらず、なぜ世論や政治家は国際連盟やケロッグ＝ブリアン協定に象徴されるようなユートピアニズムへ動いたのか、ファシズムやスターリニズムは危機の原因なのかそれとも結果なのか、という分析、アダム・スミス的な古典的自由主義経済、FTAと保護貿易、食料を含む自給率の向上の政治的な意味（これは今のTTPを考える上で欠かせない分析であり、実はTTPのような多国間のFTAの試みは、すでにこの「危機の二十年」の時代になされていたのだ）、そして「国際社会」あるいは「国際法」というものは存在しうるのか、しうるとすればその根拠は何か、そしてどのようにそれらを構築してゆくのか、ということに関する分析と提言である。

　もちろん、結論部分で、カーが一貫してリアリズムの必要性を力説している（これは彼が外交官出身であることにも大きく関係している）のに反して、ユートピアン的視点による国際社会の構築を説いていることについては昔から批判があるようだ。しかし、これは「人間のもののみかたが社会を構成する」という社会構築（構成）主義の考え方からすれば何の疑問もない。

　話が前後するが、本書の強みは第二次世界大戦勃発前の1937年頃から構想され、大戦勃発に合わせたかのように出版されている。つまり、不幸にも著者の「危機の二十年」という分析は当たってしまったわけである。そして興味があるのが、ここでのカーの分析の一部が実現していた場合に、第二次世界大戦は回避できたのか、という思考実験である。これは、読者の仕事に属する。

　現代を正確に捉え、分析し、正しい方策を打ち出すのは、政治家や官僚の仕事である。そして現代に教訓を与えてくれるのは、常に歴史である。たとえばTTPに関して、国際連盟を中心に関税障壁をなくすような政治的努力がなされたことをどれだけの人が知っているだろうか？　そういった事実を剔出するだけでなく、それに政治的力学という観点からの分析を加えるという、「歴史を今に活かす」ためのヒントが満載されている本書、やはりすべての人にとって必読であるという観点から、この評価は維持したい。

　ところで、筆者はこの本の原著と翻訳の旧版を持っている。もちろん原著を読むことが望ましいとは言え、この新訳は相当周到な用意を持って訳されているために、正確に理解したい向き、時間を節約したい向きには、この翻訳だけでも十分なように思われる。そして旧版は誤訳に定評があり、わざわざ入手する必要はもはやなくなった、と言っても過言ではなかろう。]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">読書</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 15:03:00 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>アルキメスト</title>
         <description>　筆者にとって、最も書評を書くのが苦手なジャンルの本に属する。

最近の読了
　パウロ・コエーリョ「アルキメスト」角川文庫ソフィア　Ａ

　世界中で読まれているベストセラーだそうである。「オトナのための童話」というところだろうか。話の筋を書くのは例によってネタバレになるために書きたくはないのだが、ひとことで要約してしまうと、旅は人間を成長させてくれる（同じテーマの大衆小説？に、宮城谷昌光の「重耳」がある）こと、そして夢を夢として持ち続けるだけで現実に追い求めない生き方はあるけれども（作者はそれを決して否定はしていない、とわたくしは思う）、追い続ける者に神・・・ここでいう神は、特定の人格神ではないように思われる。作者はどの宗教をも否定していないようだ・・・は微笑んでくれる、ということだ。

　それを、如何に小説という方法で実現しているかは、じっさいに読んでみるのが一番よい。薄い本だしむずかしいところもないので、一日で読める。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">読書</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 11 Dec 2011 19:08:10 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>初マラソン完走</title>
         <description>　さのマラソンというのに出場してきた。後で知ったのだが、こういう地方のマラソンは制限時間がきつく（たいてい５時間）、初マラソンの対象としては不適らしい。

　結果だけ書いておくと、タイムは4時間13分、残念ながらサブフォーはならず。しかし、歩かず全区間完走できたので（給水所では止まったけど）まあまあ満足している。

　走らないとわからないことがいろいろある。一番びっくりしたのが給水所だ。テレビでマラソンをみている限り、超一流のランナーは走りながらボトルを取り、走りながら飲んでいるが、市民マラソン大会では、皆給水所で止まって、歩きながら飲み、置いてあるバナナやレモンをかじっている。つまり、給水所は（本大会の場合）5km毎の休憩所としても機能していたのである。マラソンをやっているひとにとっては常識だろうけど。</description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">その他</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 11 Dec 2011 19:03:11 +0900</pubDate>
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         <title>再生産・満州事変</title>
         <description><![CDATA[　ずっと書かねばならぬと思いつつ、ここまで引き伸ばしてしまった。

最近の読了
　ピエール・ブルデュー「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4938661241/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=daepodong-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4938661241">再生産</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=daepodong-22&l=as2&o=9&a=4938661241" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」藤原書店　Ａ
　緒方貞子「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4006002521/ref=as_li_tf_tl?ie=UTF8&tag=daepodong-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4006002521">満州事変</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=daepodong-22&l=as2&o=9&a=4006002521" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」岩波現代文庫　Ｂ１

　では、まず「再生産」から行こう。この本の構成は第一部と第二部に分かれている。第一部がくせ者であり、箇条書き風にブルデュー/パスロンの考える「教育の構造」が示されている。そして、ここには解説はあっても、なぜ彼らが教育をそういう構造を持つものと考えたのか、その根拠は示されていない。そして奇妙なことに（いや当然のように）第一部の構造の根拠が第二部で示されているわけではない。むしろ、読者としては、第二部の議論の前に、ブルデュー/パスロンが第一部に述べた構造を持つものとして教育システムを考えている、という前提である、と読んだほうが正確であろう。

　第二部で示される議論は「遺産相続者たち」で示されるデータと類似のものである。それによって、彼らはフランスにおいては階級の再生産の装置となっていることを指摘してゆく。そして、いささか乱暴な要約をすれば、あらゆる学問や文化は階級の再生産のための道具としても作用している、と彼らは結論づけている。そして、本来は上下や優劣がないはずのそういう人間の生産物に「恣意的に」優劣を付け、階級毎に特定の学問・文化を独占させ、そのようなメンタリティ（ハビトゥス）に合致するように教育システムを組み立てる、それが再生産のために仕組まれた巧妙な方法だと彼らは指摘する。そして、すべての階級がその再生産に寄与しているとも彼らは指摘する。つまり、教育システムそのものは例外はあれどすべての階級に支持されているというのである。

　このように書くとブルデューらの仕事は決定論であり、何ものをも生み出さないという批判の対象になりそうである。彼らの分析は非常にスタティックなように見えてしまう。しかし、筆者はブルデューらの仕事は、社会変革を目的としていると考えている。そう思う理由は、大学入学時に、筆者じしんがブルデューの言う「文化資本」の威力について痛感した経験を持っているからである。そして後年彼らの仕事に出合い、「自分がやりたかった仕事をやってくれた人」とまさに感じたのである。社会がある構造（システム）を持っている、まずその仕組みを知り理解することが、そのシステムを変革する大きな力になると考えるのである。

　この緒方貞子の博士論文、現代でもなお満州事変およびその前後の日本政治を知る上では十分通用する、古びない著作であるように思われる。筆者はこの時期の日本政治史について何冊かの新しい著作を読んだが、この緒方氏の著作をあきらかに凌駕するような新知見には出会っていないように思われる。昭和史、とくに戦前史に興味があるなら現在でも必読の本なのではないだろうか。
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         <link>http://out-of-date.info/blog/archives/entry/2011/001572.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">読書</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 06 Dec 2011 22:55:00 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>奥秩父らしさとは（２）</title>
         <description>　翌朝あまりの寒さにもう三時には起きて五時前にはテントを撤収して歩き始めてしまった。奥秩父縦走路は道がよく、幻聴か幽霊でなければ前日の23時に甲武信小屋付近を通過したパーティがあったくらいだ。

　木賊山を巻く道を過ぎて縦走路に出ても、もちろんまだ夜明け前。進行方向は東側になるから前方がうっすら明るんでくるのがわかる。そして左、右前方に街明かりが・・・右はもちろん甲府盆地であろう。左は、進行中は佐久方面を見ているのかと思っていたが、そんなことはありえない。秩父盆地の灯を見ていたのである。

　まだ夜が明けぬまま笹平に到着する。東雲に浮かぶ富士の姿は幻想的だが、写真に撮るためには三脚もしくはそれに近いものでカメラを固定しなければならない。諦めて先に進む。避難小屋はそれほど荒れている雰囲気ではなく、水場標識もあり十分使えそうに思った。ここから破風山までは300mの登りで、この縦走路中では随一の標高差だが、さして苦労せずに登れる。登るにつれて甲武信方面の展望が開けてくるが、甲武信岳じたいは木賊山に遮られてよく見えず、国師・奥千丈方面がよく見える。

　破風山は東と西に分かれており、西が三角点および山梨百名山標柱が置かれているほうである。東は小ピークであまり山頂という感じはしない。この破風山から雁坂嶺までの間もシャクナゲのトンネルをくぐってゆく道であり、原生林が豊富に残されている。これは甲武信や金峰との比較での話であるが、甲武信から雁峠までの縦走路はあまり歩かれていない。それは当然で、大部分の登山者は日本百名山の一座たる甲武信岳に登ろうという気は起こしても、そこから高度を下げてゆく稜線の顕著なピークである破風山や雁坂嶺などには興味を持たないからである。もったいない話なのだが逆に荒らされずによいのかもしれない。

　雁坂嶺からはだんだんに草原化してゆく道を緩やかに雁坂峠へ降りてゆくだけである。さすが日本三峠と呼ばれるだけあって、富士山の展望は素晴らしいものがある。
　ここから広瀬に降りることも考えたが、せっかくだし、奥秩父完全縦走をめざすためには雁峠まで足を伸ばしたほうが有利という不純？　な動機もあり、もう少し先に進むことにした。雁坂峠から先の水晶山、そして古礼（木賊の別名だという）山もまったくきつい登りもなく到達することができる。また意外にもここも原生林が色濃く残っている場所である。古礼山への登りは、地形図では山頂を巻くように書いてあるが、むしろ巻き道ではなく山頂を踏む道のほうが踏み跡はしっかりしている。ただ、残念ながら古礼山のほうでは展望は望めない（単に天候のせいだったか？）。2004mピークからの下りはカヤトであり、雁峠の向こうに笠取山の全貌をみることができる。ジグザグに付けられた道を下ってゆくと、そこが雁峠だ。

　ここからは広川の源流の沢に沿って降りてゆく。ということは、ここを登りに取った場合でも、雁峠直下で水が得られることを意味する。ここ、林道に出てからの方が注意が必要かもしれない。いつ対岸に渡ればいいのかがわかりにくいからである。基本的にピンクテープに従うとよい。所々にある奥秩父縦走路の地図、コースタイムはだいたい甘いのだが、雁峠から広瀬へ下り二時間というのは妥当なところかもしれない。新地平（広瀬）からは、シーズンオフであっても、山梨市へのバス便はあるから（塩山行きは季節によってはなくなる）タクシーを呼ぶことなく帰れることであろう。

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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">登山</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 05 Dec 2011 22:37:00 +0900</pubDate>
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